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3-21 舞台の重圧



「はぁ……ッ!」


 舞台面が暗転した後、チロルはシモ側のハケに戻ると大きく息を吐き出した。強ばっていた体が一気に緩むと大きな疲労感が体を包み込んだ。


「チロルさん、お疲れ様です」

「ありがとう……」


 オルトから水筒を受け取ったチロルは一気にその中身を飲み干した。それでもまだ喉の乾きが治まらない。


「舞台の上って想像以上に暑いんだな……」


 スポットライトの灯りが灯る下で作業をした事はあるけれど、視線を向けられる中で演技をしているとなるとかく汗の量が桁違いだ。

 スタッフからメイク直し用の道具を受け取りながら、チロルは先程まで自分も立っていた舞台に視線を向ける。


 壇上ではバニラが一人、心情の吐露を行っていた。

 ここから暫くはシオンの過去回想のパートとなる。


 城塞都市として外界から守られたシンジュクで暮らしたシオン。しかし想い人が夢想人ファンタジアとなり、化け物として処刑をされた事で彼の幸福な日常は一変する。

 愛する人を殺した病。

 幻想症候群ファンタジーシンドロームをこの世から根絶する決心を固め、生まれ育ったシンジュクを去る決意をする。

 シオンの哀しき過去が語られるパートだ。


 その間モネットの出番はないため、チロルからしてみればここは貴重な休憩時間だった。


(主役を演じてるバニラはずっと舞台に出ずっぱり……改めてとんでも無い事してたんだな、うちの兄貴は)


 頭で分かっているつもりだった。だが自分が舞台に立って見て初めて見えてくる、花形をして舞台に立つバニラの凄み。

 気迫にも似たそれを、チロルは舞台袖で噛み締めていた。


「お前も良い演技だったな」

「まだまだ、これからですよ」


 少年と母親を追い立てる街の人の一人としてオルトも出番があった。

 人数の少ないシルクスでは、アンサンブルキャストは兼ね役になる事も多い。オルトはこの後も度々モブ役として舞台に上がる予定だ。


「オレはセリフも少ない役を幾つか兼任してるだけです。初めての舞台で主役級の役を張れてるチロルさん、やっぱり凄いですよ」

「バニラのカバーがあるから何とか形になってるだけだ。ボクの実力だけじゃ舞台は回せない」

「……バニラさん、本当に凄いですよね。舞台の隅々まで見えてて、パフォーマンスの質を落とす事なく、全体がスムーズに回るように細かくフォローまでしてて」

「流石、うちの看板背負ってるだけあるわな」


 見られている状況と言うのはこんなにも体力が削られるのか。普段とは比較にならない疲労感は重たいものだった。


 だが疲労に反比例して頭はどんどんクリアになってる。その感覚と高揚感が心地良い。五感が研ぎ澄まされ、鋭敏になっていくのを感じるのだ。


 暗転後、物語の時間軸はまた現在に戻される。

 再びモネットの登場シーンが回ってくる。


(ここでモネットの感情をどれだけ表現出来るかで、最終盤の出来栄えが変わって来る……)


 フランの演技をトレースするだけで一杯一杯の自分に、モネットの感情の爆発を表現出来るのだろうか。


(いいや、ここまで来たらやるしかない。あのギムがボクを舞台に上げてくれたんだ。ボクのやる事は如何にしてフランの演技を再現するか。やってやる……!)


 シオンの過去回想シーンが終わりを迎えて、彼の悲痛な叫びを残しながら舞台が暗転する。


「チロルさんなら大丈夫です」


 そうオルトに背中を押された。大きくて、自分よりも体温の高い掌に勇気を貰えた。

 蓄光テープの僅かな灯りを頼りにしながら、チロルは自分のポジションに向かって歩いて行った。


 予定通りきっかり八秒。

 ライトに再び灯りが灯される。中盤最大の盛り上がりどころが幕を開けた。




「『どうして、ああ! どうしてなんだ。忌々しい……まさかこれが本当にファンタジーの代物だとでも言うのか⁉︎』」


 舞台の端から端まで、大股で歩きながらシオンを演じるバニラが吠える。


 親子と別れたシオンとモネットは他の街を巡っていくのだが、街を回る度に目の当たりにするのは差別を受け迫害をされる夢想人達の悲痛な現状だった。

 血が流れ、姿が変わってしまっただけの罪もな人々が次々に死んでいく。それを目にする度にシオンの心は削られていった。


「『これで何度目だ? 何人の人が死んだ? 何人、助ける事が出来ないまま見殺しにしたんだ!』」


 何人も何人も人が死んでいく。

 サンプルは集めれど解決の糸口はまるで煙のように手をすり抜け、シオンの前には死体の山が積み上がっていった。そんな現状に耐えきれずシオンが治療法の確立を焦る中、とうとう彼の体にも異変が生じる。


 左腕に、人のそれでは無い木の枝のようなものが生え始めるのだ。


「『ああ、どうして……神様とやらが本当にいるのなら、これはどういう意図がある。間引きか? 星を光と炎で満たし、築き上げてきた文明を奪うだけでは飽きたらず、今度は人を間引こうと言うのか! それでなんだ! この世界はどうなるんだ‼︎ 何故、何故なんだ! 彼女が死ななくちゃならなかった理由なんてあるのか!?』」

「『シオンさん……ッ』」


 焦りによる苛立ちから錯乱したシオンは、生えてきた枝ごと自分の腕を切り落とそうとする。しかし間一髪のところでモネット止めに入るものの、今度は彼女の翼までも切り落とそうとする。

 ここはそんな極限の状況下、モネットがシオンに抱いていた自身の思いを打ち明けると言う大事なシーンだ。


 ノルマレの自分が獣人であるバニラ相手に遠慮をしていては、きっと緊迫感が観客に伝わらない。渾身の力でバニラにぶつかりに行くと、チロルは彼から持っているナタを引ったくった。


「が……ッ!」

「『こんな事してどうなるのよ! 貴方が腕を失ったらそれこそ、この先救われるだろう多くの人が、野垂れ死する事になるのよ!』」

「『五月蝿い! 煩い!』」


 揉み合うシオンとモネットだが、男女の腕力の差からナタは再びシオンの手に渡る。


「そういうお前はどうなんだ!」


(え……⁉︎)


 バニラの吐いた台詞にチロルの瞳が揺れた。


 本来ならばここは「どうしてお前はそうなんだ」とシオンがこれまでのさも差別などないように振る舞うモネットの言動を咎めるシーンの筈。


 しかし今バニラは何と言った?


『お前はどうなんだ』とモネットに問いかけるシオン。そんな台詞は台本には無かった。


(まさか……アドリブ⁉︎ そんな、舞台経験皆無のボクに、そんな対応出来る訳ないだろうが!)



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