3-19 一方その頃客席では
(出てるじゃないか! アイツ、裏方なんて言っておきながら思いっきり舞台に立ってるじゃないか‼︎)
劇団エトワール、旅の一座の一つである『ホシノエ』所属の役者であるイルサ。
彼は先日【待ちビトは来ず】の千秋楽を無事に演じきり、今日は長い公演期間の後に与えられる束の間の休養日。
少し前に宣戦布告と言わんばかりにチロルから【モネット】のチケットを受け取っていた彼は、疲れがまだ残る体に鞭を打って律儀にもシルクスの劇場に足を運んでいた。
はッ、エトワールの仮舞台とは比較にもならない貧相な仮説テントだな。これで劇場だと言うのかね!
なんて見すぼらしい座席なんだ。こんなものにずっと座っていたら腰が痛くなってしまうだろう。全く……これだから獣人は。
などと、ここに至るまで大層あれやこれやにケチをつけて煩くしていたのだが、それもこれも皆んな彼の心の声に留められているのだからご愛嬌と言えるだろう。
話題を呼んだ公演の最終ステージとあって場内は立ち見客を含めてかなりのヒトが収用されていた。
かく言うイルサも「さてどの程度のクオリティのものが見せられるのかな」と開幕の時を心待ちにしていたものの、いざ幕が上がってみるとどうだろう。
そこには舞台に上がらない筈の少女がスポットライトを浴びていた。
(代役か……?)
間の取り方は悪くない。客席へのアプローチの仕方、体の使い方はプロのそれに近い。
だが発音が甘い。滑舌もそれなり。正直スキル面は素人に毛が生えた程度のもの。
恐らくは本来なら別の役者がモネット役として舞台に上がっていたのではないか。何らかのトラブルがあり、急遽彼女が代役を務める事になった、そんなところだろう。
本来のキャスティングされていた役者の動きがトレース出来ている部分は然程悪くないのだが、彼女自身の地力が必要になる面はどうしても、拙さを感じてしまう。
最もこれは自身も舞台に上がり高いレベルで研鑽を積んだイルサの目で観ればの話。舞台をただ娯楽として嗜んでいるような観客が見た所で違和感を感じる事すらないだろう。
(裏方をやっていたと言うのは本当だったらしいな)
トータルしてチロルの演技は良い所並みだ。本来のキャストの動きをトレースする事に必死になってしまっていて彼女が演じる『モネット』の旨みが損なわれているように感じる。いっその事少しばかり動きに粗が出ようとも彼女らしい立ち居振る舞いをした方が魅力的なキャラクターに仕上がるのだろうけれど、恐らくそれをやる程の余裕はないのだろう。
(パートナーの方は悪くないんだがな……)
彼女と一緒に舞台に上がっているシオン役の役者は良い演技をしていた。拙いチロルが舞台の中心にいても均衡が崩れないのは、恐らく彼の存在があるからなのだろう。
パンフレットに記載されていた名前は『城ヶ崎バニラ』だっただろうか。
(獣人であるのが惜しまれるな……)
彼は華のある人間だ。ただそこに立っているだけでヒト目を惹きつける魅力がある。単純に見目が良いだけでは無い。努力では決して身に付けられるものではない、華と言う才能。舞台の中心に立つ人間であれば喉から手が出る程欲しくなるそれを、彼は最初から持っている側のヒトだった。
悔しいけれど、もし彼が人間に生まれ、エトワールに入団していたらと思うとゾッとする。
バニラ本人の資質に反して、演じているシオンと言う役はは決して華のある役所ではない。舞台の華はむしろタイトルにその名を冠しているモネットだ。
存在感のあるバニラが敢えて地味な科学者を演じ、技術で劣るチロルに華を持たせつつ援護する。そのお陰で舞台全体の迫力とクオリティを落とす事なく、一定以上の水準を保つ事が出来ているのだろう。
シオンとモネットの出会いのシーンが終わると、オープニングパフォーマンスが始まった。
サーカスに使用される変則的な形をした舞台を無駄なく発揮し、縦横無尽に獣人達が飛び回る。文字通り人間離れした身体能力から繰り出されるパフォーマンスは、チロルが言っていたように確かに圧巻だった。やっている事は大道芸に過ぎなくても、人間がやるそれとは勢いがまるで違う。
トランペットの音色に合わせてバックダンサー達が高く跳ぶ。空中で大きく体を捻りながら危なげもなく、何度も何度も宙を舞う。命綱もない状態で、細い糸の上で演舞を披露する者もいれば、天井から吊り下げた布に体を絡めて踊る者もいる。
人間にあんな芸当出来やしない。身体能力に優れた獣人ばかりを集めたサーカス団だからこそ出来る演出だった。
(クソ……結構面白いじゃないか……)
右手を顎に、左手を膝に当てた状態で、ついつい前のめりになってしまう。
ショーはまだまだ序盤も序盤。さて、これからどうなるか。
最初に抱いていた獣人へのマイナスの感情。チロルが舞台に上がっていない事への苛立ち。そんなものは役者としての本能に追いやられて何処かへ行ってしまった。
当初とは向ける目線が変わってしまったものの、目をぎらつかせながらイルサは舞台の行末を目を皿にして眺めるのだった。




