1-4 裏方の仕事②
朝日が昇るまだ暗いうちが彼女の活動開始時間。
まずは総勢五十六人分の朝食の支度がチロルを待っている。
人種故に非力なチロルは、テント設営等ではあまり役に立たない。それもあってこうして頻繁に食事係の当番に回されていた。
大きなステンレスのバケツに山のように盛られたじゃがいもの皮を剥いていると、それだけで腕が腱鞘炎になってしまう。味噌汁は寸胴鍋で仕込んで、お米は何回も炊き直してはおひつに突っ込んでいって。
そうこうしていると食べるよりも先に食欲が失せてしまいそうになるが、サーカス団は体が資本。食べるのだって仕事のうちだ。
「おはようさん。今日の朝飯は?」
「米、味噌汁。あとは焼き魚」
「いつもの感じね。仕込みお疲れさん」
朝の七時になると、当番以外のスタッフとキャスト達が目を覚ましてくる。
シルクスでの食事は品数の少ない上限付きバイキング形式。この上限は獣人基準のものであるため、チロル自身は食べ足りないと思った事もないが、食欲旺盛な若手達は、足りない分を自費でどうにかしているようだ。
「チロル、もっと食わないと体がもたないぞ」
「獣人の食事量と一緒にしないでよ。ボクのこれは適量」
筋肉量の差もあるけれど、基本的な代謝が人間と獣人では違うらしい。細身のバニラですら朝からチロルの三倍は食べている。あんな量をチロルの胃に詰め込んだら、重さで一日動けなくなってしまいそうだ。
朝食の後は数十枚単位での食器洗い。それが終われば今度は洗濯。続いて買い出しやチケットやビラの作成と言った手仕事の雑用。あれやこれやと動いているうちにまた日が傾き始めて夜の公演時間がやって来る。
自分だって舞台に立ちたい。その思いが消える事はないけれど、チロルは純粋にシルクスを愛していた。
ここはとても尊い場所だ。
だからこそ裏方からそれ以上のポジションになれないと分かっていても、日々の仕事に向き合い邁進していた。
ステージに居場所がなくとも、裏方の自分達だって舞台を形成するための歯車の一つ。誇り高きシルクスの一員なのだから。
彼女は何かに制約されている訳でも無く、自分自身の意思でシルクスの裏方として働き続けてきたのである。
その事を後悔した日は、一日だって無かった。