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3-12 開幕


  ◯◯◯



「どういう事だ、これは……!」


 目の前の光景にイルサはただ戦慄くばかりだった。


 一週間前に初日を迎えたシルクスの『辺境のモネット』は、情報解禁の時点でかなりの賛否を巻き起こしていた。

 獣人の発生と、その過程で引き起こされる混乱と差別について描かれた古典作品。それを他でも無い獣人達が演じようとしているのだ、世間の反応は当然のものだろう。


 だがそのセンセーショナルさが良くも悪くも話題を呼び、結果としてチケットの売れ行きはそれなりに好調だったと耳にしている。


 勿論それでも、シルクスの勢いはけしてエトワールに並び立つような物ではなかった。

 所詮は小さな色物一座の飛び道具じみたその場しのぎの案。実際に幕が開いてしまえばクオリティの差は一目瞭然。一過性の話題が過ぎれば誰も気に留めなくなるだろうと踏んでいた。


 だがその目算が誤りだったなんて。

 最初は小さな火種だったはずなのだ。それがどんどん風を巻き込み、ヒトがヒトを呼ぶと大きなうねりを作り出した。


「旅一座シルクス『辺境のモネット』、当日券の販売は終了しております! 一般チケット、及び明日の当日券の販売は午前十一時よりこちらの受付で行いまーす!」


 イルサが訪れたサーカス団のテントの前には、長蛇の列が出来上がっていた。


「どうして……ッ」

「どうした色男。随分顔色が優れないじゃないか」


 背後から聞こえてきたその声にイルサは勢い良く振り返る。


「チロル……! こんな、獣人如きの大道芸がどうして……」

「その大道芸が、他では絶対に見られないウチの強みだからだよ」


 差別等への問題提起がされる本作は、一歩間違えれば説教くさいモノになりかねない。

 だがシルクスはそれをエンタメとして昇華させた。お高く止まった古典演劇ではなく、誰が見ても楽しいサーカスに、根本から脚本を変えてしまったのである。


 派手な演出と、獣人達の身体能力が遺憾無く発揮されたアクロバット。それは他には無いシルクスの絶対的な強みだ。スタント必須の目を引くアクションシーンだって、獣人の身体能力をもってすれば演出も容易い。


「命綱無しの綱渡なんてウチでは目玉にも何もならない。大体のキャストが出来るからな」


 センセーショナルな話題性は最初の集客のためのフックでしか無かった。客席に座らせてしまえば後はこちらのもの。実力で唸らせるくらい訳ない話だ。


「例えば追ってから逃げるシーン。通常の劇団ならステージ上の高低差やカミシモのハケを利用して演出をするだろう。だけどうちはそんなことしない。本当にステージの中をキャストが駆け回るし、舞台の上で二メートルの壁越えだってやってのける」


 小難しいものが高尚だとされるけれど、実際のところヒトは分かりやすいものを好む。エトワールの舞台は確かにクオリティが高いけれど、古典作品を原書ベースで演じるせいで敷居が高くなりやすい点が欠点と言えるだろう。

 その客層の違いを突く事こそがシルクスの狙いだった。


「言っただろ、シルクスは凄いんだって。ボクの家族達は、お前にあれそれ言われる筋合いは無いよ」

「君は本当にそれで良いのか⁉︎ 舞台で歌う事が夢だったんじゃないのか! 君に夢を諦めさせてまで雑用を押し付ける連中に、どうしてそこまで肩入れする!」

「ボクがいくら口で説明してもお前は納得しないだろ。だから、あの時のお返しだ」


 そう言ってチロルはチケットを二枚、彼の胸に押し付ける。


 エトワールとシルクスではそもそもの公演期間の長さが違うものの、だからこそ千秋楽の日にちがちょうど一日ずれている。メインキャストである彼がこちらの舞台を観劇する暇はなかなか取れないだろうけれど、エトワールの公演が終わった翌日に開かれるこちらのラストステージであれば、観に来ることも出来るだろう。


「ボクがこの身を捧げた舞台の価値。その目で確かめてみろよ、スーパースター」


 挑発的なチロルの笑みに、イルサはグッと声を詰まらせる。


 芸術に明確な勝ち負けなんてものは無い。

 どちらが良いかなんて、最終的には見る相手の好みに委ねられる。


 だがそれはそれとて、いつか売った喧嘩を売り返された。破り捨てる事も出来ず、イルサは黙ってチケットを受け取るしかなかった。




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