3-10 辺境へ
炎上するか話題になるか、一か八かの博打。
そう苦言するバニラだったものの、チロルがこの作品を推す明確な理由は他にもあった。
「『モネット』は基本的にオムニバス的なストーリー構成になってる。一人一人の出番が限られてくるから、短い期間で稽古をしなくちゃならないキャスト側の負担は少なく出来るんじゃないか?」
シルクスの公演は確かに基本が大道芸をメインとしたサーカスではあるものの、全くストーリー性がない訳ではない。フクロウマチではマチの特色から単なるストーリー制のある公演はされなかったものの、場合によってはそう言った演出がされる事もある。ズブの素人集団というわけでは無いのだから、これくらいなら対応出来るだろう。
「……主役の二人を除いたらな」
「どうせシオン役はバニラが、モネット役はフランがやるんだから問題ないだろ」
「言ってくれるじゃんか」
「ふふふ、そうね。受けて立つしかないわね」
バニラは暫し目を閉じて考え込む。本当にチロルの案に乗ってしまって良いのだろうか。前例がない、リスクのある橋を渡る事でむしろ一座の立場が危ぶまれる事はないのだろうか。様々な可能性が彼の脳裏を過ぎっている事だろう。
「面白そうじゃないか、獣人サーカス団が演じる『辺境のモネット』」
その場にいなかった人物の声が響き渡った。
「ギム!」
その場にいた全員が視線を向けた先に立っていた座長。変化に乏しい表情も、今は楽しげに微笑まれているのが分かる。
「この一座そのものがリスクの塊のようなもの。バニラ、お前は当時を知らないだろうが、議会に一座の結成を持ちかけた時だって揉めに揉めたものだ。今更この程度の事、私はリスクとすら認識していない」
「って事はギム……」
父の言葉にチロルの目が輝いた。
「やるんだったら思いっきりやれ。何かあった時には、頭の硬い役人共相手に頭を下げるポーズくらい、幾らでもしてやる」
その言葉で一同の目に光が灯った。
「腹括るしかねェみたいだな……!」
あれこれと理由を付けて採用を後回しにしようとしていたバニラも、座長からのゴーサインを前に尻込みしていられない。
「やってやろうじゃねぇか。いくぞオメェら、シルクスの次の演目は……『辺境のモネット』だ! 俺達の牙を見せ付けてやるぞ!」
バニラが吠え拳を振り上げると同時に、おおぉっと辺りを震わせるような雄叫びが上がる。
その様子にチロルもまた口角を持ち上げた。全員が一丸となって一つの目標に向かって叫ぶ。こんな状況で興奮するなと言うのが無理な話だ。
ふとオルトの方を見れば彼も金色の目を爛々と輝かせていた。この一体感と高揚感を共有する感覚がどうしようもなく嬉しくてチロルは思わず歯を見せて笑った。
彼らと一緒に舞台を作り上げられる喜びを噛み締めていたチロルだったが、そんな彼女の元へギムが近付いてくる。胸の昂りに頬を赤らめたチロルの耳もとで、彼女にしか聞こえない程度の声量で彼は囁いた。
「チロル。今回もお前は舞台に上がるな。自分の立場は理解しているな」
「……っ」
途端、火照った体に水を引っ掛けられる。すっと自分の思考が落ち着いて行くのを感じてしまった。
「……今更そんな事言うつもりもないし、そのつもりだったらとっととあちらさんに移籍決めてるよ」
「それなら良い。いつも通り皆んなのフォローを頼んだぞ」
「……分かってる」
分かってる。分かってるけどさ。
(馬鹿ギムが……何も今言うことないじゃないか)
舞台に上がらない理由は幾らでもある。それでも、気持ちが昂って口角が勝手に上がってしまう、そんなタイミングで現実を見せつける事ないじゃないか。
「……」
熱気の渦の中、そこに混ざれるだけの熱量も失ってしまった。唇を尖らせながら下を向いていたチロルは、自身をジッと見つめてくるオルトの視線に気が付く事はなかった。




