3-9 打開策
そうこうしてチロルが落ち着いた頃を見計らい、話し合いが再開される。
「どうしたものかな。いくら何でもエトワールが相手じゃ部が悪いぞ」
「別に競争するようなものじゃないんだから別に良いだろ。ウチはウチでいつも通りやれば……」
そう言って鼻をかむチロルに「そうもいかねぇんだよ」と、バニラは小さな袋を取り出すと一つテーブルの上に置いてみせた。チャリンと小銭の重なる音が鳴る。
「何これ?」
「今日のチケットの売上だ」
「……は?」
その余りの小ささに、チロルは袋を二度見した。
バニラが頭を抱えるのも当然だ。
今日からシルクスはマチ中でのチケット販売やビラ配りと言った宣伝活動を始めているのだけれど、初日のチケットの売り上げがここ最近で群を抜いて低かった。これでは立ち上げ当初と殆ど差が無いのではなかろうか。
「正直言う。このままだと予定の資金回収に追い付かない。ウチはただでさえ自転車操業気味なんだ」
舞台に勝ち負けは無い。だからエトワールに売上で勝つだとか、そんな話はどうでも良いのだが、金が入ってこなければ一座の経営もままならなくなってしまう。
強豪と同じマチで鉢合わせてしまった事で、シルクスは予期せぬ財政難に見舞われていたのだ。
「ウチは色物だかんなァ。正統派の横に並ばされると弱いってのはあるよな」
確かにシルクスはエトワールと比べてスキルもノウハウも浅い。だからと言ってクオリティが低いなんてチロルは思っていなかった。それはエトワールの舞台を見た後でも変わらない。
獣人達の文字通り人間離れした身体能力が織りなすサーカスは、見ていてワクワクしない筈が無い。強みはある。後はその強みをどうやって今以上に表に出せるかが鍵だろう。
「だったら……その正統派、やりませんか?」
沈黙に終止符を打ったのはオルトだった。だが彼の提案に眉を顰めたのは、キャスト陣のトップでもあるバニラだ。
「開幕まであと四週間しかねぇんだぞ。大体正統派って、エトワールに倣って古典歌劇でもやるのか? お前、今日の舞台の内容ちゃんと理解出来たのかよ」
「いや、その……ぶっちゃけ難しくて途中で眠くなっていました……」
まんまと図星をつかれ、オルトはしどろもどろになりながら視線を逸らしてしまう。
(そう言えばアイツ、ミユキの独白シーンで船漕いでたな……)
古典演劇は確かに台詞回しや演出が固い。脚本そのものに馴染みが無いヒトが見ても、今回のオルトのように退屈に感じてしまうのだろう。それではシルクスの強みをただ塗り潰してしまうだけな気がする。
「歌劇とはまではいかなくても、ストーリーのある演目を行うのは悪く無いんじゃ無いかしら?」
今度はフランがオルトに助け舟を出した。
「そうは言っても付け焼き刃の舞台じゃ、それこそあちらさんと比較されて見られたもんじゃなくなるんじゃ無いのか?」
バニラの意見は厳しいけれど、言っている事は酷く真っ当だ。
それぞれの意見を聞きながらチロルは必死になって考えた。これまでに読んだ舞台脚本。その中にヒントは無いかと血眼になって探した。
「あ……」
探して探して、ある一つの答えに到着する。
「……それなら【辺境のモネット】はどうだろう」
暫く黙って何かを考え込んでいたチロルが顎に手を当てたまま口を開く。その演目名に周囲に動揺が走った。
「何馬鹿な事言ってんだチロル」
「でもこれならいけるんじゃないかな」
「辺境……?」
唯一それを知らないオルトだけが目をぱちくりさせていた。
「『辺境のモネット』ってのは今日ボク達が見てきた『待ちビトは来ず』と同じ、古典の脚本だ」
「ま、また古典ですか……」
主人公である青年が人ならざる少女モネットと出会い、共に混沌とした世界で旅をする。その先々で様々な人ならざる姿をした者達と出会うと言うのが物語の大筋だ。
「こっちの話も旅ビトの話なんスね」
「旧時代が終わって文明が一度崩壊した時、荒野を旅する人間が多かったらしい。古い文献がモチーフになる事が多かったせいで、古典演劇はこの手の話が多いんだってさ。ギムが言ってた」
「しかし獣人一座で『モネット』とは……随分尖ったもんを……」
本気なのかとバニラが問い掛けてくるものの、チロルは至って真面目だった。
「話題性ならバッチリだ」
「どうせ色眼鏡で見られるフリーク紛いなショーなら、いっその事もっとどデカい燃料投下してやろうって話か」
「モネットってそ、そんなに……過激な話なんスか?」
「話自体はそんな事は無い。だがコイツぁ、獣人の誕生について描かれた物語なんだよ」
「獣人の……!?」
人が人ならざる姿に病、幻想症候群。その原因の解明のために旅をする科学者、シオンが主人公の物語。そして作中ではその病によって体が変化した人達こそが、獣人の起源として描かれているのだ。
とは言っても獣人の発生起源について明確な要因は解明されていない。だから『モネット』はあくまでそれをモチーフにしたフィクション作品ではあるのだが、獣人を想起させるファッションやぬいぐるみ等が差別を助長させるものだと嫌厭される昨今、今作もまたある種のタブーとして扱われていた。
タブー視される獣人の発生について描かれた物語を、当の獣人達が演じるとなれば確かに話題性はあるだろう。だがしかし同時に批判的な声を多く集めてしまう可能性も十分に孕んでいるのだ。




