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3-6 待ちビトは来ず



 結論から言うと、エトワールの舞台は圧巻のひと言に尽きた。


 芝居、歌、踊り。キャストだけではなく照明から音響に至るまで場を構成する全てのクオリティが高く、舞台に強い説得力を持たせていた。


 芝居は所詮、娯楽でハリボテだ。嘘の世界をどれだけ観客に信じ込ませられるかで、その劇団の自力が伺える。

 だが流石は名門。文句の付けようなんて無い。多くのヒトがけして安くは無い金銭を払ったとしても、ここに座りたがる理由を本当の意味で理解した。


 一定のクオリティを超えた舞台は、現で見る夢となる。


 チロル達にチケットを渡した青年イルサは、旅に出てしまうミユキの恋人役を演じていた。

 いけ好かない昼間の男と同一人物とはとても思えない。紳士的で無邪気で、夢のためにミユキを置いていく残酷さを合わせ持つ男。そんな難しい役柄を見事に演じ切っていた。まさに怪演だ。


 イルサ演じる恋人が余りに子どものように無邪気に夢を語るからこそ、一人残されるミユキの悲壮感や孤独が色濃く浮かび上がっていく。


 私も一緒に連れて行って。

 その一言が言い出せずに涙を隠す健気なミユキに観客が寄り添い始める。心情を吐露したソロ歌唱には思わず熱いものが込み上げてきた。

 それと同時にチロルは初めて見る本物のプロの歌唱技術に圧倒されていた。


(これだけ大きなホールで歌っているのに、声が飲まれてない。大声を出そうとしてる訳でもなく、むしろしっとりと彼女の切ない感情を歌い上げているのに、声量はしっかりあって……歌で皮膚が、ビリビリする……!)


 恋人を地平線に見送った後、言い寄ってくる男達を袖にして。そんな事を繰り返すうちに最終的には一人になってしまったミユキ。


『お高く止まりやがって』

『捨てられた女を拾ってやろうと思ったのに』


 矢のような心無い言葉を背中に受けようと、ミユキが東の空を見るのをやめる事は無い。

 旅に出た恋人が己の夢を追いかけたように、彼女もまた恋人の帰りという夢にしがみついていたのだ。


 そして物語のラスト。ミユキの夢も遂に終わりを迎える。彼女の元に恋人が帰ってくるのだ。


 だが出て行った時と同じ姿で、彼が帰ってくる事はなかった。ミユキの夢は彼女が思い描いていた形で叶うこと無く、砂の城のようにサラサラと崩れていってしまう。


 そうして悲しみを胸に、空に向かって彼女は歌う。

 旅の終幕と、自分の夢の終焉を憂いて。


 こんな事ならば夢を見続けて居られればよかったのにと涙する。ずっと馬鹿な女でいたかった。真実なんてヒトを傷付けるばかり。私は無知な女でいたかった。彼を待つだけの日々は苦しくて寂しくて、胸が張り裂けそうになったとしても、きっとキラキラと輝いていたから。


 舞台のど真ん中、スポットライトに照らされたその場所で奏でられる、自ら命を断つ決心をした少女のラストソング。


 愛していたわ愛しい貴方。

 夢を見ていたの、貴方を愛する私に。

 でも馬鹿な夢は終わりにしなくちゃ。


 ふわりと、まるで空に旅立つようにミユキが消えて物語は幕を閉じた。ミユキが夢から覚めるように、観客もまた物語から現実へと引き戻されるのだ。


 暗い客席面に灯りが灯されると共に、ワッと観客達は立ち上がる。

 サーカス団では決して見る事のないスタンディングオベーション。だが悔しさを感じる余裕も無い。

 ただただ美しいものを見せられた時、ヒトに出来る事なんてそう多くはないらしい。


 最後の歌の舞台の余韻に飲み込まれたまま、チロルは静かに涙を流していた。瞬きどころか指一本だって動かす余裕が無い。


 チロルが夢に見た舞台に立つ歌い手。その最上位に立つだろう歌声が、脳みそにこびり付いてる離れないのだ。


(ああ、すごい……凄い! 歌はこんなにもヒトの心を惹き付ける力を持っていたんだ……!)


 圧巻。感動。

 そして好奇心。


 あんな風に自分が舞台に立てていたら。そう思わずにはいられなかった。女性がミユキを演じるとしたらどんな風に演じるだろう。考えるだけで心が踊った。

 そんな夢想は、芽生えた瞬間に踏み潰さなくてはならない。分かっているのに、考えずにはいられなかった。



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