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1-3 裏方の仕事①



「またのご来場をお待ちしております!」


 公演の閉幕時刻は夜の九時。

 客が完全にけるまでにおおよそ三十分。キャスト達はミーティングの後、各自トレーラーにて次の公演に備えて休息を取る決まりだが、チロル達裏方勢はそうも言っていられない。


「さて、ボク達もキャストミーティングの間にやることやっちゃうぞ」


 公演終了後の仕事と言えば劇場の清掃、安全確認、それから……。


「チロルさん、大変です! B十六番座席に忘れ物が!」

「またかよ! ああ、もう……近くにいるかもだから走ってくる!」


 観客の忘れ物がないかの確認。これがなかなか高頻度で発生する。

 閉場のアナウンスで忘れ物に関しては必ず触れている筈なのにやれハンカチだ傘だピアスだと、何かしらその場に残していくのだ。落し物をしたところで王子様は追い掛けて来ないのに。


 今日の置いてきぼりはトリコロールカラーのワンピースを着たおさげのぬいぐるみ。年季の入り具合から持ち主の強い思い入れが伝わってくる。

 これを無くしてしまったとなればサーカスの感動なんて、失せ物のショックで簡単に塗り潰されてしまうだろう。そんな事あってはならない。


「ぬいぐるみをお忘れのお客様ー! 本日B十六番でご鑑賞されておりましたお客様、ぬいぐるみをお忘れになっておりますー!」


 ヒト混みを掻き分けてチロルは叫んだ。どうかこのぬいぐるみの持ち主にとって、この夜の思い出が綺麗なもので終わりますようにと願って。

 そんな思いが届いたのか声掛けをしていると、直ぐに持ち主である少女が取りに戻ってきてくれた。少女はぎゅっと人形を抱き締めて何度も「ごめんね、ごめんね」と謝るとチロルに「ありがとう、獣人のお姉さん」と礼を言って帰っていった。


 その両親の「あれは本当に獣人なのか?」という懐疑かいぎ的な視線が気になりはしたものの、チロルは直ぐ仕事の為にホールへと戻って行った。


 ケモノを模したファッション、ぬいぐるみや装飾品。そう言ったものは獣人差別に繋がるからとタブー視されていた。

 ケモノにふんしたチロルの姿は大人達の目に「限りなく人間っぽい獣人」か「差別意識の欠如したヤバい人間」のどちらかとして写っているのどろう。実際は「獣人と生活してる獣人に扮した人間」と言うだけなのだけれど。印象が悪い事に変わりは無い。


 最もチロルからしてみれば「他所様にどう見られるか」よりも「家族と同じような姿で生活をする事」の方が遥かに重要なため、奇異な物を見る視線を気にする事は無かった。


 使用された小道具、大道具の点検と清掃を行い、必要機材に破損等が無いのかミーティング後のキャスト側との共有を行う。


「ホール側は異常無し。そっちは?」


 基本的にこの報告会はキャスト側のリーダーであるバニラと行う事が多かった。


「二点だけ。大車輪の演技中に軋みが感じられたってキャシーが」

「分かった。担当のペチネに共有しよう」

「それからフランの衣裳飾りが外れそうになっていた」

「そっちはボクの方で今晩中に直しておく」

「助かる。キャスト側からの報告はこれくらいだな」

「こちらからも報告は以上だ」

「了解した。お疲れさん。夜更かししないで、ちゃんと休息も取るんだぞ」


 そう言ってバニラはチロルの頭をポンポンと軽く叩く。何時までも変わらぬ子供扱いが面白くなかったらしく、彼女の眉間にシワが寄った。


「フランの衣裳直したら寝る。おやすみ」

「はいはい、おやすみ」


 衣裳や個々人の使う道具に関してはそれぞれキャスト自身で管理をする事になっているが、解れ等が出てしまった場合にはスタッフの方で手直しを行っていた。


 チロルは舞台衣裳が好きだ。

 日常的に身に纏う洋服とは用途が異なる特別な服。あれらは舞台の上、スポットライトに照らされた際にどれだけ美しく役者を輝かせられるかを追求した芸術品だ。


 自分が作った衣裳が舞台に上がると、まるで自分の一部が客の前に立っているような気になれた。手直しもイチからの作製もなんの苦にもならない。思いも願いも託して、丁寧に糸を通す時間はチロルにとって特別なものだった。


 スタッフの方にも報告を行い、チロルも自分のトレーラーに戻る。


 糸が緩んでしまった衣裳飾りを縫い直し終わる頃には、すっかり時計の針がテッペンを過ぎてしまっていた。


「明日は公演までにペチネに大道具の確認をしてもらって、それからああ……いい加減消耗品の買い出しにも行きたいな……」


 自分のハンモックに潜り込んでからも考えるのは仕事の事ばかり。体には適度な疲労感が纏わりつく。それらに引っ張られるようにして、チロルは眠りについた。


 サーカス団の裏方としての彼女の毎日はこうして幕を閉じるのだった。


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