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3-4 プラチナチケット



「確かに渡したよチロル。それでは、僕はこれで失礼する」


 そう言うと彼は踵を返しその場を後にしてしまった。すると店の外から女性の悲鳴が聞こえてくる。

 何かと思ってチケットの裏面を確認すると、主役級の役名の隣に彼の名前が書かれていた。


「成程な……」


 あんな奴と一緒にしてしまってはバニラに失礼だけれど、通りで似通った雰囲気が感じられた訳だ。

 彼もまた一つの舞台の看板として表に立つ事が出来る人間だったのだ。


「いきなり喧嘩吹っかけてきて、チケット渡して帰ってくって……何だったんだアイツ……」

「チロルさん、ありがとうございました」

「は?」


 何に対して例を言われているのか理解出来ず、チロルは素っ頓狂な声を上げる。そんな彼女をオルトは優しげな眼差しで見下ろしていた。


「あのヒトにオレが馬鹿にされた時、真っ先に庇ってくれてありがとうございます」

「……っ!」


 真っ直ぐにこちらを見てくる彼をどうして責められようか。


(ああ、もう……本当に自分がガキで悲しくなってくる)


 一度下を向きギュッと拳を握り締めた。

 ここで言わなくちゃ、そうと思うと心臓がうるさくがなり立てる。それでも何とか口を開いた。


「ボクの方こそ……帽子、取り返してくれてありがとう」

「いえ! 背がでっかくて良かったです」

「それから……あの日はごめん。非があるのはボクの方だ。完全な八つ当たりだった。だから……」


 チロルの言葉を遮って、オルトは前のめりになりながら「そんな事ないです!」と声を張る。


「チロルさんは悪くないです! オレが軽率でした」

「いや、お前は何も悪くないだろ。何も知らなかったんだから……」

「知らなくても傷付けた事に変わりはないです! 本当にごめんなさいでした」

「なんだよ、そのごめんなさいでしたって」


 勢い余って出てきたのだろう妙ちくりんな表現にチロルは思わず笑を零した。それに釣られるようにしてオルトの表情も緩やかに解けていく。


「じゃあ、喧嘩両成敗って事で良いか?」

「オレ的には不満っスけど、良いとします」

「何様なんだよ、下っ端のくせに」


 何はともあれ、オルトとの間に出来てしまったわだかまりが解消された事にチロルはホッと胸を撫で下ろした。

 自分が彼をシルクスに引き入れただとか、そういう事は関係無しに。彼とは険悪になんてなりたくなかったから。


「ところでチロルさん、そのチケットどうするんですか?」

「どうするって……」


 改めてチロルは自分の手元を見下ろす。

 悲しいかな、チロルの目にそれはただの紙切れでなくキラキラと光を帯びた特別なものに見えてしまうのだ。

 心做しか「破らないで〜、観に来て〜」と幻聴まで聞こえて来る。


「……」


 これがエトワールの舞台を観劇する権利でさえなければこの場で破り捨ててやったものを。しかし、しかしだ。


(エトワールなんだよなぁ……!! 観たいか観たくないかで言えば、超絶観たい……!)


 シルクスの舞台が好きだ。だがそれはそれとて最初にチロルが憧れたのは舞台で歌うスミレの姿。

 エトワールは歌劇を専門としている団体であるからこそ、歌のクオリティが高いと聞いている。興味が湧かない筈がない。


「く……ッ」


 破れない。このチケットを破る事はチロルには出来ない。


「と言うかアイツ、何でチロルさんの名前を知ってたんでしょう。オレもアイツの前で名前呼んだ覚えはないし、裏方だから名前が表に出る事だってないのに」

「あッ、そう言えば……!」


 え、気が付いてなかったんですか?


 そんな視線をオルトから向けられ、チロルはバツ悪そうに視線を逸らす。


 仕方がないだろう。エトワールのチケットを渡されたんだから。浮かれもする。


「アイツ、本当に何者なんだ……?」


 どうしてイルサは彼女の名前を知っていたのだろうか。顎に手を当てて何かをじっと考えながらも、彼女の視線は紙面の文字に向けられたまま。

 頑なに視線を逸らそうとしないチロルの姿に、オルトはこっそりと溜息をついた。


「今晩、座長が外出許可くれたら行きますか?」

「行けるわけ無いだろ、仕事はどうするんだ」

「どの道今日の夜は移設お疲れ様って事で大した仕事は無かった筈です」

「そ、その前にだ。あんな奴の舞台を見に行くなんてな……」

「じゃあ、このチケット破っちゃいますね」

「あー!! ボクのチケット!」


 パッとオルトにチケットを取り上げられると、チロルは思わず声を張り上げた。


「……」

「……」

「……観に行きますか?」

「行かない」

「なんでそう頑ななんですか! チロルさんの頑固者!」

「いい行かないったら行かないからな!」

「じゃあチケット捨てときますよ」


 オルトの言葉に露骨にチロルの表情が陰った。歯を食いしばり何かを考えてから。


「……あと1回だけ、インクの匂いだけでも」


 往生際の悪い足掻きを見せるチロルに。


「もぉーッ!」

 と、オルトは肩を落とすのだった。




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