3-2 気まずい2人
日ノ斗亜にはクニのあちらこちらに鉄製のレールが敷かれている。テツノカワと呼ばれるそれらは旧時代にヒトや物資の運搬に使用されていたそうだ。
動力を詰んだクルマは今の時代にも残されているけれど、数百人単位の人を乗せてレールの上を箱が走っていたと言う話は俄に信じられないものだった。その話については、バニラが自分を騙す為についた冗談なんじゃないかと未だに疑っている。
錆び付いたレールを超えて、その次は本物のせせらぐ川に掛けられた橋を渡る。
視界から緑色が少なくなっていくと灰色が増えて、建物がゴミゴミと立ち並んだエリアにやってきた。ここまで来れば目的地は直ぐそこだ。
ギムに指定された商店は、こじんまりとした個人経営の店だった。大きな店に獣人が訪れると要らぬトラブルに巻き込まれてしまう事もあるため、公演期間中に協力を仰ぐのはこう言った店である事が多い。
「ごめんください、サーカス団シルクスの者です。買い忘れていたものがあったので伺ったのですが、今大丈夫でしょうか」
「はいはい。ああ、例のサーカスさんね。何を忘れたんだい?」
獣人への差別に溢れた社会ではあるものの、真っ当な商人は基本的にこちらが獣人だからと言って差別をするような事も無い。腹の底で何を思っているのかは分からないけれど、少なくとも表立ってそれを態度に出される事はなかった。彼らは損得勘定で動く生き物だから、金を払えるのなら獣人だろうが何だろうがきちんと客として扱ってもらえるのだ。
「米です。一先ず百二十キロ程お願いしたいのですが」
「はいよ。運搬は……そちらのお兄さんがいれば大丈夫そうだね。準備するから店先でちょっと待っててもらえるかい?」
「分かりました。滞在期間中はお世話になります」
「こちらこそ。ご贔屓に」
事務的な挨拶をすると、店主は店の奥に引っ込んでいった。その背中をチロルは少しだけ名残惜しげに見送った。店主自身はどうでも良いのだけれど、この状況下でオルトと二人きりにさせられるのはとても気まずい。
「……」
一方のオルトは不思議そうにキョロキョロと店内を見渡していた。
彼に視線を向けた結果、それに気が付かれたところで対処法が見つからない。知らぬ存ぜぬを突き通すべく、チロルはわざとらしく米の値札に視線を落とした。
「……十キロ買うのに小金貨じゃ足りないのか。最近高いな」
声に出すつもりは無かったのだが、価格の高騰がどうしても気になってしまい思わず呟いた。
「あの、チロルさん」
「……」
(来た……)
あの時の事を話題に出されるのだろうと身構えながらチロルは彼の方に視線を向けた。だが緊張のあまり顔が強ばり、傍目にはチロルがオルトを睨み付けているようにしか見えない。
「……小金貨一枚っていくらになるんでしょうか?」
おずおずと彼の口から零れてきたのは彼女が全く予想をしていなかった言葉。不意をつかれ、紫色の目がきょとんと見開かれる。
「お金……?」
しかしよくよくオルトのこれまでの人生を考えれば、金の使い方を知らなくても何もおかしな話ではない。
今このタイミングでその話か? と、思わないでも無かったが、こんな場面だからこそ彼が尋ねてきてくれたのかもしれない。
「あ、あー……」
と、ぎこちなくチロルは人差し指を立てる。
「小銅貨一枚で一園、銅貨一枚で十園、小銀貨一枚で百園って感じで基本的にはコインの価値が上がればそれに伴って十倍の価値になっていく。銀貨で千、小金貨で一万、金貨が十万園」
「なるほど……?」
「お前はそもそも数字から習った方が良いかもな」
だがいざ会話を始めてしまえば気まずさは何処にもない。結局自分が要らぬ意地を張っていた事を反省しつつ、しかしヒトとしてあの時の事をこのまま放置する訳にもいかない。
「あのさ、オル……」
「おいおい、子どものお使いだってもう少しマシだろ」
謝罪の言葉を伝えたくて発せられたチロルの声を遮るようにして、聞こえてきた第三者の声。
「……あァ?」
あからさまな敵意を向けられていると分れば、そのまま敵意を返す。チロルはそちらをキツく睨み付けた。
(勇気出したところ何邪魔してくれてんだよ)
と言う個人的な怒りもひとつまみ織り交ぜながら。
「今、何て言った?」
「ケモノは金勘定も出来ないのかい?」
隠そうともせずにオルトの事を鼻で笑う青年を前に、チロルの眉間のシワが三割増で深くなる。
金髪に所々カラフルなメッシュの入った派手な髪の色。背丈は高く、手足がスラリと長い。容姿だけならばどことなくバニラに近い雰囲気を持つ青年だった。
「全く、同じマチに他の旅芸人一座がいるって言うから楽しみにしていたのに。まさかケモノが芸をして金を貰ってるような低俗な大道芸人と鉢合わせるだなんて。ついてないな」
「他の、旅芸人だと……?」
目を見開いたチロルに向かって、青年は得意げに笑ってみせる。
「俺の名前は花屋敷イルサ。所属は歌劇一座エトワール所属の役者だ」




