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2-3 新人の出来る事


「バニラ、フラン! リハ始まるぞ」

「おうよ!」


 ちょうどそこへキャスト仲間が二人を呼びにやって来た。


 今日も今日とて幕が空く。舞台に上がる二人はその準備のため舞台用テントの方へと向かわなくてはならなかった。

 結果として裏方とその見習い。チロルとオルトだけがその場に残される。


「その……本当にすみませんでした」


 先に口を開いたのはオルトの方だった。狼にしては長すぎる尾っぽもだらんと力なく下がってしまって、今にも地面に付きそうだ。


「ホリ幕なら予備も山程用意してあるし、と言うかそもそもこれが予備なんだ。破いたくらいでそんなに落ち込むな」

「オレは……チロルに感謝してる。だから、早く役に立てるようになりたい。ここに、連れてきてもらったんだから」


 オルトはこちらの目を真っ直ぐに見ていた。黄金色の丸い瞳がチロルを捉える。

 彼に他意は無いのだろう。それでもその瞳にチロルの背筋が小さく震える。


(……今度は失敗しちゃいけない。あんなことになっちゃダメなんだ)


 暗い記憶が呼び起こされる。思い出したくもないけれど絶対に忘れる事も出来ないそれが、チロルの体を強ばらせた。


「……別に、そんな直ぐに役に立とうとか思う事ない。新人のうちに失敗しておく方がマシだろ。それに、ボクは感謝されるような事してない」


 あの日だって結局、ギムがいなければオルトを助けられなかった。

 一人で逃げ延びて、助けに来てくれた仲間達に鼻水垂らしながら泣き付いて。それでも自分の力だけではオルトを助けようなんて無理な話だったのだ。


 彼女はいつだって自分の非力を嘆いていた。

 だがその胸の内を明かす手段をチロルは持ち合わせていない。


「お前を助けたのはボクじゃない。ギムだろ」

「……」


 二人の間にしばしの沈黙が訪れ、通り抜ける風の音がやけに大きく耳に残った。


「……えっと、兎に角、兎も角だ! 取り敢えずそのホリ幕どうにかするぞ。他にもやる事は山程あるんだ。教えるからちゃんと覚えろよ」


 概ね自分のせいとは言え、流れる妙な空気に耐えきれなくなったチロルがそう言ってビシッと人差し指を立てる。


「は、はい……! 頑張ります!」


 兎に角、早くオルトがここでの生活に慣れてもらうのが今の最重要課題。そのためのサポートが今のチロルの仕事、頑張らなくては。

 気持ちを新たに、チロルはサーカス団の裏方達の仕事場へとオルトを招いた。




 しかしながらその後の結果は散々なものだった。

 シーツはホリ幕の二の舞になるし、テントも破いた。掃除をさせれば棚が崩れて、皿を洗わせれば粉々に。オマケに試作用の小道具が木片になった。

 その日のオルトは、それはもう派手に失敗に失敗を積み重ねていった。


 それを隣で見ていたチロルは頭を抱えたり苛立ったりする段階を通り越して、彼の事を不憫に思い始める。

 すっかり自信を無くしたのだろう彼の耳は、ぺしょんと芯がなく項垂れていた。


(それにしても、奴隷出身の連中は労働力扱いされたり、貴族の家で使用人の真似事させられたりするから……むしろこう言う裏方仕事は得意だったりする筈なんだけど……)


 オルトのそれはもう不器用なんてレベルでは無い。力加減が理解出来ていないのは前提として、どうやら彼は獣人の中でも取り立てて力が強いらしい。


「本当にすみません……」

「何と言うか……想像以上だったが気にするな。そのうちどうにかなる。多分」

「はい……」

「とは言ってもボクもそろそろ公演準備の方に取り掛からないといけないし、お前は一旦待機だ」


 分かりましたと頷く彼の尻尾がまた下がる。ふさふさの毛先が落ち葉を集めてしまわないかとチロルは勝手にハラハラしていた。


 結局その日はそれでお開きになったのだけれど、彼に仕事を覚えさせるにはどうすれば良いのかとチロルは暫く頭を抱える事となるのだった。


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