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2-2 最初のお仕事



 三人が洗濯桶を囲みながら話をしていると、ギムのトレーラーからオルトが出て来た。

 どうやらギムとの話し合いは終わったらしい。オルトはチロルたちの井戸端会議に気が付くと、おずおずとこちらに近寄ってきた。


「えっと、座長からチロルさんの仕事を手伝うように言われて……」

「こっちもそのつもり。ボクが当分右腕ちゃんと使えないから、暫くその補助しながら裏方の仕事覚えろってギムに言われたんでしょ?」

「う、うっす……」

「オルト、ソイツに扱き使われて我慢ならなくなったら俺に言うんだぞ」


 すかさずバニラに茶々を入れられ、チロルのこめかみに青筋が立った。


「オルト、その男はこの一座で一番信用ならない。発言は無視して良いぞ。最初の仕事だ」


 そして負けじと言い返す。


「え、えっと……」

「貴方達、新人さんの前で兄妹喧嘩はお止めなさい」


 見兼ねたフランが助け舟を出した。彼女は反論するチロル達を無視してオルトの方に向き直ると。


「そこの兄妹……バニラとチロルはああやって、いつもしょうもない喧嘩ばかりしているけど……ええ、本当にどうでも良い事でしか言い争って無いの。あれは一種のコミュニケーションのようなもので特別害はないから。適当に受け流す扱い方を覚えた方が楽で良いわ」


 棘のある物言いで忠告を入れていた。

 その後「フランよ、よろしくね」とちゃっかりオルトへの挨拶を済ませている。


「フラン、ボク達の事そういう風に見てたの?」

「聞き捨てならねぇな」

「あら、事実でしょう?」


 貴方達のそれは子猫のじゃれ合いよと、彼女は目を細めてコロコロ笑う。


 チロルは猫の耳を模した帽子を被っており、バニラの顔立ちはネコ科のそれに近いのだが。フランからの指摘に兄妹は互いをじっと見合っていた。


「チロルさん。その……先日は本当にありがとうございました。チロルさんがいなければどうなっていた事か……」


 話が一段落ついた所で、改めてオルトがチロルに頭を下げる。


「そのチロルさんっての気持ち悪いからやめて。チロルで良い」

「でも……」

「さっきまでボクの事、お前とかアンタとか言ってたじゃん」

「そうなんすけど……これからお世話になると思うとちょっと状況が違うと言いますか……」

「チロルは後輩なんて持つのも初めて、ずっと最年少だったから気恥しいんだよ」

「バニラ黙れ」

「また貴方はそうやって……」


 妹を構いたい長男と反抗する次女。それを眺めて溜息を零す長女。そんな三人の何度目かも分からぬやり取りを見てオルトはふっと小さく笑みを零した。


「まあ、呼び方なんておいおいで良いか……じゃあこれ最初の仕事、これ絞って」


 チロルの指さす先にあるのは洗濯桶の中に揺蕩う大きな布。


「これは?」

「ホリ幕。舞台で使うやつ」

「手で絞れば良いんですか?」

「そう。絞ったらあっちで干す。デカすぎて今のボクだと手に負えないから、代わりに絞って。出来るだけギュッとね」


 分かりましたと、オルトは大きな手を桶に突っ込んで、これまた大きな黒い布を引き上げた。それを手で握れるようにまとめ、ありったけの力を込めて絞ったのだが。


 ビリビリビリビリ……ッ‼︎


 爪が引っかかったのか、それとも強過ぎる握力のせいなのか。その両方が要因なのか。無残にも引きちぎられたホリ幕を前にして古参三人は目を丸くした。

 ブランとオルトの手からぶら下がったホリ幕はあちらこちらに大きな穴を開けてしまい、多少取り繕った程度では本来の用途での仕様は不可能だろう。


「も、ももも申し訳……ッ」

「……派手にやったなァ」

「ま、最初は力加減って分からないもんだよな」

「裏方仕事をするなら爪を少し削った方が良いかもしれないわね」


 毛皮の下で顔を青くして慌てふためくオルトを他所に、三人はあっけらかんとした表情でホリ幕を眺めている。


「不審者役の衣裳」

「予定がねぇよ、雑巾で良いだろ」

「でも真っ黒だから替え時が難しいわ。水も吸わないし」


 と、当たり前のように破れたボロ布の活用方法について語り始めた。誰もホリ幕が破れた事自体は気にしてもいない様子で、オルトの表情に困惑の色が浮かぶ。


「あの、お咎めは……」

「別に気にしなくて良い」


 実際、新人が力加減を間違えて物を壊すのはシルクスの恒例行事のようなもののため気にして等いない。

 フォローのつもりの発言だったが、オルトは目に見えて落ち込んでしまったらしく、シュンと耳と尻尾が下がってしまった。


「ほらチロル、もう少し笑えよ。俺達相手なら兎も角、お前ムスッとしてるから怒ってるか嫌味言ってるみたいに見えんぞ」

「な……ッ⁉︎」


 バニラからの指摘にチロルはギョッと目を丸くする。自分の事をけして愛想が良いと思っていた訳では無いけれど、まさか嫌味と捉えられるなんて思いもしなかった。


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