1-1 サーカス団シルクス
新しいマチについてからのひと月は、いつもてんてこ舞い。目が回る忙しさに追い立てられる。
ショーと言うものは実際のところ幕が上がってからの公演期間よりも、その前の準備期間の方がずっと忙しないのだ。
シルクスは根無し草の旅芸人一座。拠点となる劇場を持たないため、旅の先々に赴く度に自分達で劇場となるテントを設営しなくてはならない。観客を収容出来る程の巨大なテントを張って、その中に客席と舞台を立てて。照明やら音響設備を繋いでと、毎度毎度舞台をイチから作る作業は、何度繰り返しても骨が折れる。
ショーを見せる場所の確保以外にも広報活動に、各所への根回し。それから団員達の毎日の生活の維持。やる事は腐る程あった。
そうやってスケジュールに追い回されながら三十日間を走り抜け、今日はやっと迎えたフクロウマチでの初公演の日。
だと言うのに、舞台袖にウチの花形スターの姿が見当たらない。
「どうします? 一つ前のフランさんの演目、もう始まっちゃってますよ」
「……あの馬鹿兄、十分前には舞台袖に入れって何回言ったら分かるんだ。今年で芸歴何年目だよ」
青筋を立てながら腕を組むチロルからは、ビシビシと怒気が伝わってくる。
「はぁ、もう……仕方ないな……」
思い当たる場所があるからと周りに言伝すると、チロルは観客で埋め尽くされた興行用のテントを後にした。空にはもう月が浮かぶ時間帯だが、騒がしい電飾とネオンの光が邪魔をして、星は宵闇に隠れてしまっている。
テントの裏手には、団員たちが生活をするためのトレーラーが幾つも並んでいた。チロルは迷うことなくそのうちの一つに向かうと、問答無用で扉を開け放つ。