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2-1 一難去ってまた一難



 落下時の衝撃で右腕の骨折と足首の捻挫。その他幾ばくかの暴行の痕による打撲痕、しめて全治六週間。


 ……と、シルクスの専属医であるルニアンから診断を受けた。患部が熱を持ってしまったせいで医務室のベッドを出られるようになるまでに三日は掛かってしまったのは、チロル本人としても不服な点である。人間の体はどうしてこうも脆いのか。


 一方でシルクスへと担ぎ込まれたオルトはと言うと、殴る蹴るの痕が多かった事、薬剤の投与で意識が混濁していた点があげられたものの、獣人持ち前の治癒力と体力もあって翌日には自由に動けるようになっていたそうだ。


(正直ずるいな)

 と言うのが話を聞いたチロルの素直な感想だった。




「チロル、良かった。もう熱は大丈夫なのか?」


 医務室テントから出てきたチロルの元にバニラを初めとするメンバー達が集まってきた。

 そしてその中には誰かのお古だろうTシャツを身に纏ったオルトが、少し気恥ずかしそうな顔をして立っている。


「……無事だったんだな」


 お互い顔を見るのも話すのもあの日以来だ。話には聞いていたけれど、実際に元気な姿を見るまではどうしたって不安な気持ちがあったのだ。

 おずおずと声を掛けたチロルに、彼もまた躊躇いながら微笑み返す。


「ああ、アンタのお陰だ」


 チロルが眠っている間にギムの計らいでオルトの人権登録も完了したそうだ。彼の左腕に巻かれた包帯の下には真新しい焼印が施されている事だろう。これでもう、彼が奴隷として不当な扱いを受けることは無くなった。


 勿論印付きになったからと言って全ての理不尽が取り払われた訳では無いけれど、一先ずは安心だ。


「ここにいるって事は、お前もウチへの入団が決まったんだな」

「あの入団テストはアンタもやったのか?」

「んな訳ないじゃん。二メートルの壁越えに重り持って綱渡りなんて出来るように見える?」

「な、何はともあれよろしく頼む。……って、先輩になるんだからこんな態度じゃダメだよな。よろしくお願いします、チロル先輩」

「別にそんな事気にしなくて良いけど……」

「チロル、オルトと色々話したい事もあるだろうが、お前にはその前にやる事がある」


 バニラが会話に口を挟んで来ると、チロルはキョトンと丸い目を向けた。


「やる事? 溜まってる洗濯物か?」


 あれよあれよと彼女は大きなトレーラーの前に連れて行かれる。目的地が何処か分かると、チロルの表情が露骨に曇った。


「ここ、ギムのトレーラーじゃん……」


 彼女を待っていたのは座長からの労いの言葉……などでは無く。


「待っていたよチロル。それじゃあ……座りなさい」


 娘の無茶な行動に対して大層ご立腹な父からの、長い長いお説教タイムだった。





「ボクは間違った事してないだろ」

「正誤の話をしているんじゃない」


 足の怪我を理由に正座こそさせられていないものの床に座らされたチロルと、その前に仁王立ちしたギムの静かな言い争いは二時間にも及んだ。


 最終的には見兼ねたバニラが仕事を理由に助け舟を出してなんとか解放されたものの、彼が口を挟まなければあの後も何時間だって硬直状態が続いただろう。


「お前もギムさんもどうしてそう頑固なんだ」

「間違っていない行動を咎められる理由は無い」

「ギムさんはお前を心配してんだよ。心配掛けちゃってごめんねの一言で終わるだろう」

「心配をかけた事についてはとっくに謝ってる。そこに反省も謝罪もない程ボクが愚かに見えてる訳?」


 ギムのトレーラーを出てきてからもチロルは唇を尖らせたままだった。刺々しい物言いにも凄みが増している。


 とは言っても溜まった洗濯物を桶で洗う手が止まる気配が見えないのは、プロ根性の賜物なのだろう。


「バニラだって、フランの時似たようなことしてるだろ」

「俺の時とは話が違う。あの時は合法的に解決したさ」


 じゃぶじゃぶと布を洗いながら、チロルは顔を背けてしまう。その様子にバニラは頭を抱えていた。


「バニラもそのくらいにしてあげなさいな。悪い事をした訳でも無しに、皆んなから怒られてはチロルちゃんが可哀想よ」


 そんな中で唯一、チロルの味方になってくれる女性がいた。


 名前は青海フラン。バニラと同じく舞台に上がるキャストなのだが、彼女は獣人の中でも特殊な見た目をしていた。


 多くの獣人がその名の通りケモノのような姿をしている一方で、彼女の姿はまるで歩く植物だ。頭髪は毛というよりも無数の花弁が集まった花束のよう。体色も緑やピンク、柔らかな生成色がグラデーションがかっている。


 獣人の中には彼女のようにケモノ以外の性質が取り込まれているものもいるのだが、フランのような者も含めてまとめて獣人と呼称されるのだ。要するにテンプレートな人間か、それ以外と言う至極シンプルな括りで世界は纏められているのである。


「それにしても、チロルちゃんが無事に帰ってきてくれて本当に良かったわ」


 ゆったりとした口振りでそう言うと、フランは座り込んで洗濯をしている視線を合わせるように膝を折る。


「でも怪我、痛そう。可哀想に。酷い目に遭わされて……こんな良い子にあんな思いをさせるなんて」


 チロルを気遣う言葉の裏には、フランが抱える人間に対する憎悪が見え隠れしているようだった。


「おいおい、ソイツを甘やかすなよフラン」

「あら、そんな事言ったって。バニラさんが誰よりもチロルちゃんに甘いのは、ウチでは有名はお話でしょう?」

「「そんな事はない」」


 口を揃えて同じ顔をして反論をする二人の姿にフランはクスクスと楽しそうに肩を揺らした。



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