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1-16 交渉不可



 仲間達を自分が捕縛されていた倉庫まで案内すると、チロルは我先にと中に入っていった。

 非力な腕で無理矢理こじ開けた扉。その先に広がっていた痛ましい光景に、思わずヒュッと喉が鳴らす。


 男達に取り囲まれたオルトはだらんと力なく倒れ込んでいた。奴隷を躾けるための強力な獣用の麻酔が使用される事は知っていたけれど、一体何本打ち込まれればあの状態になるのだろう。

 こちらにあまり反応も見せない。呼吸はしているようだが大丈夫なのだろうか。胸を掻き毟りたくなるような強烈な不安感が押し寄せてくる。


「おい、チロル!」

「でも、ボクのせいだ……!」


 今直ぐにでも彼の元へ駆け出そうとするチロルの肩を抑え、バニラが制止をする。怪我を負った自分が飛び出して行ったところで状況が好転する筈がない。分かっているけれど、虚ろな表情でこちらを見詰めてくる彼を前にしていてもたってもいられなかった。


「何なんだテメェら!」


 シルクスの面々の登場に男の一人が吠えた。


「……コイツら、少し前から南東にテント張ってる獣人達じゃないのか?」

「はァ?」


 逃げたはずの獲物が大勢の獣人を引き連れて帰ってきた。その状況に、少なからず男達の間にも動揺が走っているようだ。


「旅芸人の一座かなんかがマチに来てるって」

「何だそりゃ! 獣人どもが芸やって小銭投げて貰ってるって事かよ!?」


 男の一人が目を虚ろにしてうーうー唸りながら手をバタバタさせる。あからさまに獣人を馬鹿にする男の姿に、チロルはギリリと奥歯を噛んだ。


「……如何にも。俺たちはサーカス団、シルクスのメンバーだ。お前達が誘拐したのはウチの構成員。人間一人誘拐して、挙げ句殺すつもりで追いかけ回して、どう落とし前つけるつもりだ?」


 しかし動揺するでも怒るでもなく、チロルの肩を支えながらバニラは男達に向かってそう声を張り上げた。


「それと勘違いしないで欲しいのが、こっちにいるのは全員印付きだ。無粋な振る舞いはやめて貰おうか」


 バニラの言葉に男達が身じろいだ。

 法律の上では印付きの獣人は人間と変わらない。これだけの人数を相手に揉め事を起こせば彼らとて揉み消しは容易ではなかろう。

 シルクス側としては人間の構成員が誘拐拉致、暴行の被害に遭ったと訴える事だって出来る。事を荒立てたくないのはむしろあちら側の筈だ。


 彼らは互いに顔を見合わせ、無言でこの状況を話し合っている様子だった。


「すまなかった!」


 代表格だろう男の一人がこちらに向かって頭を下げてきたではないか。


「……その娘がお前達の仲間だって言うんなら捕まえちまった事は謝る。だがそちらもこっちの商品を勝手に盗もうとしたんだ。それで手打ちにしちゃくれねぇか」


 渋々、譲歩します。そんな口振りで男が言った。チロルを見逃してもらう代わりにオルトを見捨てろ。それが向こうの提示してきた条件だった。


 分かっている。オルトは奴隷だ。助けたいと言う気持ちそのものが単なるエゴでしかない。


(どうしよう。でも相手の言っている事だって整合性がある。無茶苦茶を言っているのは、商品であるオルトを無償で解放させようもしているボクの方だ)


 先程は思わず縋り付いてしまったけれど、仲間を連れてきて自分はどうするつもりだったのか。彼らに男達を襲わせるような真似はさせられない。だが事実、奴隷であるオルトは彼らの商品で、その所有権も彼らにある。


 しかしながら真っ当にオルトを買い取る金銭的余裕はチロルに無い。


(何か、何か打開策は……!)


 ふと、倒れている彼と目が合った。黒色の毛並みの中で光る黄金色の瞳。それが柔らかく細められた。


「……っ!」


 もう良いよと彼は言っていた。助けなくて良い。見捨ててしまって良い。気に病むような事でもない。

 自分は売り物なのだから。

 彼の瞳が訴えかけてくる。


「どうして……ッ!」


 そんな彼の姿にチロルの双眸からは雫が零れた。



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