1-13 逃走計画
だから逃げようと、チロルはオルトに手を差し出した。
彼女と差し出された手を交互に見てからおずおずとオルトもその手を取る。迷い戸惑いながらも、それでも確実に。
「よし来た」
ニヒルな笑みを浮かべると、チロルは自分達が閉じ込められていた倉庫の状況を改めて確認する。
「出口はあの一つだけか……」
狭い倉庫内を探し回ってみたけれど、出口と呼べるような場所は男たちが入ってきた扉の一箇所だけ。
「外に見張りがいない……訳ないよな」
「お前、戦えるのか?」
「さっきも言ったけど、無理。護身術程度なら教え込まれてるし、普段が肉体労働基本だからそこら辺の人間の女よりは戦えると思うけど、戦力としてカウントされるのは荷が重い」
「そうなると……」
少し高い位置にある小窓を見上げる。チロル一人ではとても届かないだろうけれど、オルトに手を貸してもらえれば通り抜けられるかもしれない。
「ボクじゃお前を引き上げるのは無理だぞ」
「あれくらい自力で登れる」
「流石の身体能力。羨ましい限りだ」
まずはオルトに放り投げて貰ったチロルが、何とか小窓に手を掛ける。
「よっ」
そこから足を掛けて小窓の枠によじ登った。
「お前、実は本当はノルマレに見た目が近いだけでネコ科の獣人だったりしないのか?」
「そーね、せめてネコ耳だけでも付いてたらボクも舞台に立てたのかもね。……よし、外れた」
小窓に付けられていた鉄格子は錆び付いていてチロルの腕力でも外す事が出来た。
窓の外にこっそりと顔を出して辺りの様子を伺う。しっかり拘束までした奴隷にそこまでの監視はつけていなかったらしく、小窓側は警戒されていない様子だ。辺りに人影は見当たらない。
落下音で逃走がバレないように外した鉄格子は内側にいるオルトに投げて渡す。彼がそっとそれを床に置いたのを確認すると、チロルは上に上がってくるように指示を出した。
流石は獣人の身体能力だ。四肢の爪を壁に食い込ませながら、腕の力だけで壁を這い上がって来るオルトの姿にチロルはただただ感心してしまった。
「オレが先に下に降りて受け止める」
「助かる」
オルトが壁を登っている間も、チロルは窓の外の警戒を怠らない。あと一メートル。五十センチ。十センチ。
大丈夫だ、外にヒトの気配は感じられない。
もう少しだ、チロルの心に安堵感が浮かんだ。
しかし次の瞬間。
「受け身を取れ!」
「は……?」
……ドンっ!
小窓に腰掛けて身を乗り出し辺りを観察してチロルだったが、突然強く背中を押されて宙に投げ出されてしまった。
体を支えるものがなくなる。
あ、まずい。
気が付いた時には体が重力引きずられ、数メートル下の地面に叩き付けられた。
「い……ッ!!」
ミシッと、身体の内側から嫌な音が聞こえた。
まともに受け身を取る事も出来ないまま右腕を強く打ち付ける。
体全身に響くような衝撃にくぐもった声が漏れた。
「……ッ、ぅぐ……!」
衝撃と痛みに身悶えてしていたチロルだったが、壁一枚挟んだ向こう側から聞こえてきた怒号で我に返る。
「何している!」
「脱走だ、奴隷の脱走だ!」
見つかった……!
外ばかりを気にしていて男達の侵入に気が付けなかった。
「なんで……!」
よりによってどうしてこのタイミングで。あと数秒遅ければチロルもオルトも逃げられていたと言うのに。
「早く……っ」
こっちに来い。そう叫ぼうとしたチロルにオルトが一瞬目配せをした。すると彼は躊躇う素振りを見せる事もなく、折角登った筈の壁の内側へ飛び降りてしまった。
小窓の向こうに長すぎる尾がするんと消えていく様を、チロルは呆気に取られながら見ている事しか出来なかった。
「あの馬鹿……ッ」
その行動の意味が分からない訳では無いけれど、思わず悪態が零れる。
「もう一匹がいないぞ」
「遠くには行ってないはずだ、探せ! 探せ!」
小窓を見上げて歯噛みしていたチロルだが、立ち止まっている暇は無い。
「――……ッ、クソっ!」
向こう側から聞こえてきた声に反射的に立ち上がるとチロルは一目散に駆け出した。今自分がするべき事はオルトの決意を無駄にしない事。
「……ッ」
落下の衝撃に体がギシギシと痛んだ。足首が熱を持っていて、片腕は上がらない。それでもチロルは懸命に走った。
このフクロウマチの土地勘がある訳ではない。ここが何処であるのか、何処に向かってどれだけ走れば仲間達の元に帰れるのかも見当が付かない。
それでも走らなくてはならなかった。一刻も早く仲間に救援を求めなければ、身を呈してチロルを守ろうとしたオルトの命は恐らく無いだろう。