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1-12 牙とはプライド



 男が怯んだその隙を狙って、彼女は腕を大きく振り子のようにいだ。握り込まれた拳が男の顔面にヒットする。


「ぐぁッ!?」


 体勢を崩せても、それだけでは相手を失神させる迄に至らない。チロルは男に剥ぎ取られたアームカバーを後ろ手に拾い上げると、それをブラックジャックの要領で大きく振るった。幸いチロルの特製アームカバーの先端には、爪を模した大きな装飾が付けられているのだ。


 丁寧に何度もうるしを塗って作られた木製の爪。本物の獣人のそれと見紛うような、彼女の力作。

 それが上手い事、男のこめかみに辺りにヒットした。


「よし……ッ」


 一人が倒れる様を横目に見ながらチロルはもう一人と対峙する。


「このガキ……ッ!」


 もう一人の男は懐からサバイバルナイフを取り出した。

 それを確認するとチロルはダッと、男から逃げるように走り出す。


「テメェこの、ちょこまかしやがって!」


 躍起やっきになって男はチロルを追いかけ回す。だが、ちょこまかと狭い空間を逃げて回る彼女のスピードに着いていく事が出来ない。

 木箱の上を登ったり、何らかの機材の下を潜り抜けたり。ひょいひょいと逃げて回るチロルを前にして、男の中に苛立ちが募っていく。


 焦りで視界が狭まる。だから男は気が付かなかったのだ。もう一人の獣人の檻が自分の直ぐに側にある事に。


 ギュッ……!!


「お前……ッ、見た目に似合わず無茶苦茶するな!」

「良いね、タイミングもバッチリだ」


 檻の隙間から腕を伸ばしたオルトが、檻に近付いて来た男を締め上げたのだ。


 キュウっと体を脱力させる男の姿に、チロルは満足げに微笑む。そのままチロルも檻に近付いて自身の腕を縛り上げていた縄を外してもらった。


「……ったく、髪の毛めちゃくちゃ抜けてんじゃん。サイアク」


 帽子を被り直してから、伸びた男の懐をあさると鍵の束が見つかった。


「……お前、本当に人間なのか?」

「そうだよ。こんな変装でも案外気が付かれないもんだよな」

「なんで、どうして……人間がわざわざ獣人の格好なんかするんだよ! オレ達を馬鹿にしてんのか? 嘲笑ってんのか!?」


 怒りに満ちたオルトの声を聴きながらも、チロルは見つけた束から一本一本、鍵を試していく。


「意味が分からない。百歩譲ってその格好は良いとしても……どうしてこんな事をするんだ。自分がノルマレである事を明かせば、男達は簡単にお前を解放したんじゃないのか?」

「印無しの獣人は合法的に売れるし、仮に印があったとしても獣人が被害に遭ったくらいじゃ警察はまともに動いてくれない。印付しるしつきに人権があるって言っても、人間様からの差別はそう変わりはしないからね」

「お前はその人間様だろう!?」

「ボク一人ノコノコ帰っちゃったら、お前はそのまま売りに出されてた。そのくらい分からない訳? なんなの、馬鹿なの?」


 何故自分は突然罵倒されているのだろうかと、呆気に取られるオルト。

 そうこう話をしているうちに正解の鍵が見つかった。ガチャンと大きな音を立てて、檻に付けられていた錠が外れる。


「オレを助けるため……? ますます分からない。奴隷のオレを何処かに斡旋あっせんするつもりか?」

「そう言うの良いから、足と腕を出して。手枷足枷もさっさと外したいの。ボク一人でここから逃げ出すとか無理。ノルマレの非力さ舐めないでもらえる? ボクみたいな非力な子供があんな大勢の男達相手に逃げ仰せられるとでも思う訳?」

「……お前なら何とかなりそうだけどな」

「無理に決まってんじゃん」


 ぶっきらぼうに言い放つチロルに、オルトは大人しく両腕を差し出した。そこからチロルはまた一本一本、鍵束の中から正解を探していく。


「でも、斡旋ってのはあながち間違いじゃないかもな。陽気で明るく優雅で可憐。兎に角元気でハチャメチャに! ……そんな場所にだったら、お前を連れて行けるよ」


 暫くの沈黙の後、彼を縛っていた枷が全て取り払われた。


「はぁーやだやだ。細かい作業は嫌いじゃないけど、面倒なだけの作業は勘弁願いたいね」

「お前は、慈善事業家か何かなのか?」

「そんなご大層なもんか。ボクは基本、家族以外の他人様なんてどうでも良い」

「……」

「ただ……ボクの家族は皆、獣人なんだ。奴隷見捨てて獣人の家族と明日食卓を囲めても、飯が不味くなる」


 チロルは獣人ではない。だから本当の意味で彼らが感じている差別の辛さ、この世界での生きづらさを理解出来る訳ではない。

 それでも彼女には譲れないものがあった。


「父に誇れない自分になりたくない。家族に顔向け出来ない真似もしない。それがボクの牙だ。そんだけだよ」


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