9 皇帝への報告
ここはジキタリス帝国皇帝の執務室。
たった今、マリアンヌは近衛騎士と共に皇帝オリヴァーに、先程アイビー王女の部屋での出来事を報告しに来た。
執務室のソファーに座っている皇帝と、黒髪黒目で容姿端麗な男性がその対面に座っている。
皇帝はその方を紹介しなかった。つまり、今は彼を知る必要がないという意味だ。だからマリアンヌも彼に一礼したあと、そのまま彼を無視した。近衛騎士も同じく彼に一礼したあと、すぐに先程あったことを皇帝に詳しく報告する。
近衛騎士が報告している間、マリアンヌはその報告に集中したいのに、何故かさっきからその黒髪黒目の男性の些細な動きに目が離せなかった。お茶を飲む些細な癖、足を組む動作、他に色んな癖。この人は今日初めて会ったのに、なぜか自分はその動きをよく知っているような感じがした。
皇帝オリヴァーは一応報告を聴き終わり、ため息をついた。
「はぁ~イライジャめ、絶対楽しんでいる…ユウジ殿が普段彼をいじめすぎでは?」
(いや、違う。皇帝が姫様への反応が違いすぎます!普段はすぐにあのイライジャを呼び出し、痛み付ける。逆らうと頭を…)
マリアンヌの内心ではそうツッコんだが、その黒髪黒目の男性はまるで親しい友人のように皇帝にこう返事した。
「僕の魔法の才能は彼以上だからね。彼が勝手に嫉妬するだけ、僕が悪いと言うのか?陛下。」
「いや、そんなこと言ってない!…まあ~イライジャは元々才能はあるが、躾が効かない駒だ。そろそろが…。」
「あいつを閉じ込めてアレを直すことに専念しますか?彼の魔法、僕はもう全部習得しましたし。それに彼にとって逆にいいのでは?ずっと研究できるのだから寧ろ喜ぶじゃない?」
「だな…ってあなたは…アイビーの専属メイドの…。」
皇帝オリヴァーはようやくマリアンヌがここにいることを思い出したようだ。この皇帝と黒髪の男性は決して油断しているわけではない。ただ、彼らの目にはこの場の”人”は自分たちだけだと思われただけだ。
「アイビー王女殿下の専属メイド、マリアンヌでございます、陛下。」
「いくつか聞きたいことがある。アイビーが起きたら記憶喪失はホントか?」
「はい、魔力暴走から起きたらすぐに姫様自身のこと、自分と他のメイドたち、そしてそこがご自分の寝室であることもお忘れになりました。昨日のドラゴン騒動のあとから寝るまで、本を一冊軽く読んだだけです。」
ここで、まさか王様ではなくその黒髪黒目の男性、ユウジからマリアンヌに話しかけられた。
「昨日アイビー王女殿下が起きたら、体はうまく動きますか?」
陛下の隣に座ることが許されるのだから、きっと身分が高いと思う。マリアンヌはそのまま彼に返事した。
「はい、昨日起きたら姫様の手足はうまく動かないようなので、ギリギリ立てますが、しかし歩くには支えが必要です。昨晩お風呂中に姫様にマッサージしたことで、完全ではないですが、今日は昨日よりはだいぶ良くなったのです。言葉については、昨日は口も上手く動かず、起きた時はうまく喋れなかったですが、夜になると普段通り喋りました。」
「ふ~ん、魔道士団長の報告では、意識不明の時、アイビー王女殿下はずっと魔力を放出された、という報告を受けましたが、王女殿下今は魔法を使えますか?」
「はい、約4日前、姫様の寝室で魔力濃度が非常に高かったため、魔法適性の低いメイドたちが目眩と吐き気を起こす事件がありました。魔道士団長は、原因は姫様が意識不明のままずっと魔力を放出していると判断されたと言いました。それと、先程の事件の後、姫様に魔法について確認致しました。姫様は、魔法の使い方がわからないし、自分の魔力すら感じられない、とおっしゃいました。」
それを聞いて、ユウジは手を顎に置き、何かを考え、そして小さい声で囁く。
「魔力暴走するほど魔力がないはず。いや、もしかして…副作用?……記憶もない……いや、魂が……。」
ユウジは急に何かの結論が出たように、再びマリアンヌにそう命じた。
「マリアンヌ、今まで通りアイビー王女殿下は部屋から離れることを禁止する。そして今日から王女殿下の前で魔法について話すことも禁止します。可能な限り、彼女の前では魔法を使わないこと、いいわよね。」
「承知いたしました、ひめ……あ!」
マリアンヌは反射的に、親バカの陛下の前で他人から王女への禁令を受けたことに焦り、すぐに陛下の顔を伺った。皇帝オリヴァーは、マリアンヌがなぜこちらに返事を伺っているのか、何となく理解していたので頷き、そしてマリアンヌに話しかけた。
「それでいい。この方は昨日ドラゴンを撃退した英雄、我が古い友人の息子ユウジ殿だ。彼は一流の魔道士だから魔力については詳しい。これはアイビーにとって最善の方法だろう。」
マリアンヌは一安心すると、ユウジはそのまま引き続きこう説明した。
「アイビー王女殿下は魔力暴走しました。些細な刺激でも再び魔力暴走を起こす可能性があります。おまけに、彼女は恐らく無意識のうちにずっと魔力を放出しており、暴走によって身体の魔力回路が何か壊れた状態かもしれません。だから、できれば王女殿下には刺激を与えないようにするのが、一番安全だと思われます。」
「は、はい!かしこまりました、ユウジ様。」
「それと、アイビー王女殿下は魔道士団長に会った後、何を言いましたか?…例えば、あなたが聞いたことのない言葉で何かを喋ったとか。」
ユウジは急にすごく真面目な顔で、マリアンヌにこう尋ねた。
「は、はい、先程の事件の後、姫様に話を聞きました。当時の姫様は魔道士団長ではなく、何か黒い大きな影が近づいていることしか覚えていませんでした。聞いたことのない言葉は……喋っていませんでした。」
それに返事したのはユウジではなく、隣で何かを考えている皇帝であった。
「……うん、ではアイビーの感情を刺激しないように、これからあなたたち以外、他の誰かがアイビーにお見舞いやお客をお連れになる場合は、先に余に連絡しろ。こちらで判断する。」
皇帝とユウジはお互いを見て、何かを納得した様子であった。
その時、執務室の扉が、ノックの音と同時に急に開かれた!伝令が入って、皇帝の前に跪いた。
「陛下!緊急事態です!」
「何事だ!!」
「昨日のドラゴンが王城の真上から、ゆっくり降りてきました!」
「何だと!!」
ここの誰もが焦り始め、ただユウジは落ち着いたまま皇帝の前に跪いた。
「陛下、昨日お話しした通り、あの魔剣をお借りします。私が必ずこの城を守ります!」
「ああ、わかった。だが、あの魔剣の呪いに気を付けろよ。絶対、解呪の指輪を付けた後で使うんだ!相手はドラゴンだ……絶対油断するなよ!それと、無事に帰ってくれ。」
「はっ!」
「伝令!全軍に命ずる!!城内にいる魔道士全員、魔法障壁で城を守れ!城外の兵士全員、平民を王城の外に避難誘導せよ。第二、第三騎士団はユウジについて、上空にいるドラゴンを撃退しろ。第一騎士団は余の元に集合せよ!」