6 違和感だからの身体 (挿絵追加)
……ーーン………ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン。
(うん…もう朝か…。うるさいな、もう少し寝かせて――い、痛い!!)
「うわーーーーーーーーーーーー!!」
叫びながら半身を起こす。痛いことは痛いが、我慢できないほどではない。
痛みがあるということは、あの“水玉”がまた現れたということだ。それに例の全身圧迫スーツ感もそのまま――違和感だらけで気持ち悪い。
まあ、生きていればそれでいい。一応、俺はあの地獄を生き延びた男だからな!
(え~と、まずは目を閉じて、精神集中で魔力放出…)
「ひぃ!!…ひ、姫様!!…だ、誰が!!」
(ワイはやればできる子。あっという間に“水玉”がなくなったぜ。)
「姫様!大丈夫ですか?魔道士団長に連絡しましたので、もうすぐ来ます。」
(うん?メイドさん?20代前後くらいかな?できる美人さんのオーラが強い。)
えっと、先程ずっと話していたのはこのメイドさんだったらしい。
彼女は俺の上半身を支え、隅々まで確認している。茶髪で耳から上の髪をまとめ、残りをダウンスタイルにしている。理想的な体型で、真面目そうなクール美人だ。
「あ…あ…大丈夫…です。」
「良かったです。お水は飲みますか?」
「…はい…。」
聞いたことのない言語なのに、メイドさんの言葉が理解できる。
明らかに日本語ではないのに、不思議だ。うまく話せない――そうそう、英語を聴くのは得意でも文章を書くには単語しか思い出せない感じだ。
「あ…あり…がとう。」
うん~~いい声、かわいい声ですね。何か聴いたことがあるような気がする……気の所為かな?この声の持ち主は俺と同時に話している……うん。
よく見ると、今の俺は天蓋付きのベッドの上にいる。
周りはまるで一晩百万円のスイートルームのようなキラキラした部屋だ――スゴイ~~!オヒメサマノへヤミタイ、スゴイ~~!
唾を飲み込み、目線を下に向けると……俺は今、紫のスリップを着ている。そして、程よく育ったプリンがふたつ……!ハハッ~!オカシイ~!
腰まで金色のひらひらした何かが――キラキラしたストレートな髪だ!ヤワラカイ~!
「姫様、すぐにお風呂を用意致します。少々お待ちください。」
「え?」
俺は自分の身体や髪を見ている。メイド的には俺が汗を気にしていると勘違いしたようで、お湯を用意し始めた。確かに現状を考える時間が欲しい――でも、まるで許されないかのように来訪者が現れた。
ゴンゴン。
外から男性の声が聞こえた――たぶん護衛の声だ。メイドさんは扉越しに返事をする。
『マリアンヌ嬢、魔道士団長のイライジャ様が到着致しました。』
「姫様は着替え中です。少々お待ちください。」
『ちぃ。』
気のせいか?今、誰かが舌打ちをした気がする……。でもナイス、メイドさん!誰だか知らんが舌打ち野郎、聞こえたぞ!
「姫様、申し訳ございませんが、先にお着替えを済ませていただき、イライジャ様にお体の調子を確認していただいた後、お風呂に入ります。」
「うん…。」
(着替えか…。現場を把握する時間が少しでもありそうだな。)
「ゆ…ゆっくり…着替え。」
「承知しました。身体に痛い箇所があれば、お伝えください。」
「あ…ありがとう。」
メイドさんが驚いた目で俺を見ているが、大丈夫だろうか?俺が彼女の知る“姫”ではないことがバレていないよな?
今の俺は、新しい機体に乗ったパイロットのように身体をうまくコントロールできない。メイドたちに支えられながらベッドを離れ、着替えを始めた。
お貴族様のように立ったまま、メイドたちに着替えさせられながら、その間に俺は現状を考えた。
(時間がない。職場で鍛えた洞察力とオタクの妄想力をフル活用して、現状を確認する。)
1. 認めたくないが、俺は女性になった。
2.もし本当に奴隷契約されていたら、今こんな豪華な部屋ではなく、牢獄にいるはずだ。
3.メイドに“姫様”と呼ばれた。この世界で俺が知る姫は、地下室にいたあの傲慢姫だけ。同じく金髪だし…。
4.メイドたちは未だに俺を姫として認識している。バレていないと想定。
5.こんな中世的な世界――めっちゃ異世界ラノベっぽい。
(…結論!身体が交換された。)
(目標!その1、安全に生き残る。その2、王国に逃げる!)
(って、俺が姫ではないとバレたら=死の可能性大!元の身体を取り戻すのは無理だと思う。多分、俺――雄二になったあの傲慢姫に会ったら状況はさらに悪化するだろう。バレないように姫の身体のままで逃げる方法を探すしかない。逃げる前に身の安全を確保するため、俺は人畜無害な存在としてクソ王様と傲慢姫にアピールするしかない。やっぱり、あの方法しかない。)
身体の曲線をやたらと強調する水色のワンピースに着替え終わり、脳内会議で結論が出た。
昔のドラマで頻繁に使われるネタ――この方法しかない!
「姫様、着替え終わりました。髪を梳かしますので、こちらに…。」
「あの…あなた…誰?」
出たよ!!
メイドさんは一瞬、“はぁ?!”と驚いた顔をしたが、すぐに普段の“できる女”の顔に戻り、俺に返事をした。
「マリアンヌでございます、姫様。」
(恥を捨てろ!今まで遊んだギャルゲーのお嬢様キャラを演じるんだ!恥ずかしい!すごく恥ずかしいが、あのセリフを言うんだ!)
「姫…誰?」
この言葉に、メイドたちは全員手を止めた。
「姫様…まさか記憶が…?」
「姫…私?」
「はい、貴方様はジキタリス帝国の王女、アイビー様でございます。」
メイド――マリアンヌさんから、この身体の元の持ち主の名前を教えてもらった。
彼女はそのまま、髪を梳かし続ける。化粧台の前に座り、鏡に映る自分を見ると、そこにいたのは――もう見たくもない地下室で見た、あの金髪の女性だった。
(やっぱり、この身体はあの傲慢姫のものだ。あの時の儀式は奴隷契約ではなく、身体交換だったんだ…実感がないなぁ。)
「ごめん…憶えない。」
「姫様は魔力暴走で2週間寝込まれましたので、恐らくそのせいでしょう。」
「お水…ありがとう…助かった。」
「え?いえ、勿体ないお言葉です。」
(マリアンヌさんはいい人っぽいですね、良かった。)
思わず、マリアンヌに向かって微笑んでしまった。
ガン!ガン!ガンガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!
鐘の音が響き、同時に部屋の外では騒ぎ始める声。
扉越しに護衛と思われる慌てた声が聞こえた。
『申し上げます!! 城壁近くにドラゴンらしきモノが突然空から現れ、城に向かっています。我々は護衛2人を残し、魔道士団長と共に出陣致します!』
今度はドラゴンか……ここは本当に異世界だ。夢じゃないのか?いや、あの水玉の痛みを体感した後じゃ、これが夢だとは思えない。
他のメイドたちは一気に騒ぎ始めた。
「ド、ドラゴン?!伝説上の魔物じゃない!大丈夫でしょうか?」
「まさか、ずっと雨だったのはドラゴンが来る前兆ですか?!」
メイドのひとりが窓を開けて外を確認した。
「あれ!もう帝都の城壁すぐ近くに来ているではありませんか!」
「避難しなくていいの?」
「姫様を連れて早く避難を!」
「みんな、落ち着いて!」
マリアンヌが一喝すると、他のメイドたちは静かになった。その後、彼女は的確な指示を出していく。
「姫様、このままでは危険ですので、すぐに城の地下室に避難しましょう。」
「わかり…ました。」
部屋の扉を開けて外に出ようとした時、護衛の騎士たちが道を塞いだ。
「姫様はこの部屋から出ることを禁じられておりますので、部屋にお戻りをお願いします。」
マリアンヌは怒りを抑えつつ、護衛たちに反論する。
「ドラゴンが現れたんですよ!姫様に何かあったらお二人はその責任を負えるのですか?!道を開けなさい!」
「申し訳ございません。先程ここで待機されていた魔道士団長が、出陣前にこれは王命だと厳命されております。」
「なっ!」
護衛たちはそれだけ言うと、そのまま扉を閉じた。
正直なところ、これ以上何もできそうにない。マリアンヌはメイド2人に、食べやすい軽食を用意するよう指示を出し、出る前に「ゆっくりでいい」と一言添えた。
(このメイドできるね。クールビューティは伊達じゃない。)
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
バーーーーーーーーン! ドンドン!!
遠くから花火のような爆発音が聞こえる。どうやらドラゴンとの迎撃戦が始まったようだ。
窓から見える城と城壁の間は、多分2kmほど。流れ弾がこちらに届くことはないだろうと思ったが、マリアンヌは俺の前に立って守るような姿勢を取っていた。
俺たちは窓から遠くを見つめながら、その戦いの様子を見守る。
空には、全長約15メートルの西洋風ファンタジーそのものな灰色の巨大ドラゴンが飛んでいた。
城壁からの魔法攻撃を受けながらも、ゆっくりと城壁に近づいている。そのドラゴンは段々地面からの攻撃が届かないほど高く飛び、城の方へ向かってきた。
そして、ドラゴンが城壁を越えたその瞬間――
ボーーーーーーーン!!
明らかに他の魔法よりも強力そうな炎の槍が城から放たれ、ドラゴンに直撃。
一撃を受けたドラゴンはその場で動きを止める。
ボン! ボン! ボン! ボン! ボン! ボン! ボン!
城から連続して放たれる炎の槍が、一定間隔でドラゴンに命中し続ける。
(何だろう、あのドラゴン。普通ならドラゴンブレスや魔法で反撃するはずなのに、今のままじゃただのサンドバッグだぞ。)
(それにあの炎の槍の威力――明らかに強すぎる。おそらく、あの傲慢姫だろう。トイエリさんが俺に用意した身体には虹レベルの魔力があるからな。)
たくさんの炎の槍を受けたドラゴンは、反撃することなく逆方向に飛び去っていった。
おおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーっ!!
城壁の兵士たちの歓声は城中に響き渡り、メイドたちも緊迫した空気から解放された。
ぐぅぅぅぅ……。
リラックスした空気の中で、可愛いらしい音が響く。
メイドたちは一斉に俺の方を見る。
そこには、水色のワンピースを着た金髪美少女――つまり俺が、申し訳なさそうな顔で頬を赤らめながらこう言った。
「ごめん…腹…減った。」
(うん……許してくれ。俺、約2週間何も食べてないんだから。)
昼ごはん前の静まり返った職場で、お腹が盛大に鳴り響いたあの瞬間を思い出す――恥ずかしい。