2 イカれた儀式
眩しい光が消え、ゆっくりと目を開ける。つい先ほどまで校長室のソファに座っていたはずが、今は冷たい地面に座り込んでいる。いつの間にスーツ姿に着替えたのか?手に持っていたはずのケーキも、気づかないうちに消えていた。
周りを見渡すと、そこは薄暗い地下室のような場所だった。よく見ると、何かの儀式のようで、俺が座っている床には明らかに魔法陣らしきものが描かれており、未だに薄紫の光を放っている。
「○○○○○○!○○!」
魔法陣の周りには黒いローブをまとった魔法使いらしき人々が歓喜の声を上げながら、目の前の偉そうな人物に何かを話している。まるで日本人が急にタイの大学講義を聞かされているような感覚で、言葉が全く理解できない。
「○○○○、○○○○○○○○!○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○!○○○○○!」 「「○!!」」
(マジで、ガチの異世界転移なのか?残業勇者100%は勘弁してくれよ。)
状況はまだはっきりと把握できないが、ここはほぼ密室で、扉は正面に一つだけ。隙を見て逃げ出す確率は0%だ。実際、騎士と思われる4人に両手を捕まれ、罪人のように地面に押さえつけられている。
「離せ!!」
(痛っ!反抗するべきか?いや、怪我をしたらまずい。ここは敵意を見せずに対応した方が良さそうだ。)
「○○○!○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○!」
その時、女性の怒った声が聞こえ、騎士たちの押さえつける力が明らかに弱まった。
その声の方を向くと、声の主は金線があしらわれた赤いドレスを着た上品な少女だった。見た目は16~17歳くらいで、身長は160cmほど。金髪のストレートヘアが美しい。姫様だろう、多分。だって彼女の隣に座っている、多分俺と同じ年と思う赤いマントを羽織った髭面の金髪ダンディで、王様だろう。
「○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○。」
「○○○○○○○○○、○○!」
(助かったと思うが、この二人もヤバイな感じ、何が脱出方法を考えないと。)
俺は自分でも驚くほど冷静だった。ずっと周りを観察し、意識をすべて思考に集中させていたからだろうか?こんな状況でも、妙に黙り込んで騒がずにいられる自分がいる。
金線がやたら多い黒マントの男は俺の目に入った。 “ハゲ中年”は魔法使いたちの上司だろう、多分魔道士団長か宮廷魔道士か。その男は拳ほどの大きさの水晶玉を俺の手に触れさせた。 あー、これは魔力測定のやつだな……まずい!俺は魔力がないと知られたら、間違いなく殺される。 必死に抵抗したが、鍛え上げられた騎士4人に押さえつけられ、どうしようもない。詰んだ。これは無理だ。死ぬ。 そう覚悟した瞬間、水晶玉が強烈な虹色の光を放ち、そして――割れた。
(え?……あ、そうか!先程トイエリさんが俺用の身体を用意したって……え?トイエリさん?)
トイエリさん。彼女の名前を覚えた?……いや、今はそんなことどうでもいい。 ここはやっぱりトイエリさんの世界なんだ。これで多分、生き延びられる。 虹色の光を見た周囲の人々は驚愕し、しばらく誰も声を発しなかった。最初に反応したのは、姫様だった。 ゆっくりと俺の前に歩み寄り、まるで悪役令嬢のように口角を上げ、ニヤリとしながら俺を観察している。
「○○○○!○○○○○○○○○○○○○○!…○○○○○、○○○○○、○○○○○○○○○○。○○○○○…○○、○○?」
「え…?」
(その動き……俺に話しかけてるのか?返事した方がいいだろうか? いや、ここは黙ったほうがいい。俺は“使える”存在だから、すぐには殺されないはずだ。 言葉が通じないことを利用して時間を稼ごう。)
「○○○○○○○○○○○○○○○○…○○○○○○○○○○○○○○…○○○。○○、○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○。」
「○○○○○○○○○、○○。」
訳は分からないが、姫はハゲ団長に何かを話している。 多分、姫様の質問タイムは終わりってことだろう。その後、団長は俺の前に何かをセッティングし始めた。 中央には20cmほどの紫色の結晶が付いた装飾品――いや、異世界の定番アイテムとして考えれば、これは魔道具だ。 今度はスキルの測定か?と、その時、座っていた王様がソワソワした顔で姫様に話しかける。
「○○○○○○、○○○○○○○○!…○○○○○、○○○○○○○○○、○○○○…」
「○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○!」
「○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○。」
「○○○○○、○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。…○○○○○○○○○○○○。」
(この雰囲気……めちゃくちゃ喜んでるな。俺を過労死させる気か? いや、今後どうやって逃げるかを考えないと。もしこの国がトイエリさんの言っていた帝国なら、絶対に他国へ戦争を仕掛けるだろう。 しばらくは大人しくして、いざ戦争になって前線に出された時こそ、逃げるチャンスだ。)
安堵した俺は、もう逃げる計画を考え始めていた。姫様は王様に一礼し、対話を終える。 騎士Aが魔道具の前に椅子を置き、姫様をエスコートした。それから団長がナイフを取り出し、俺の指を切った。
(痛っ……これって……まさか奴隷契約じゃないよな!?)
「おのれ!離せ!噛むぞ!」
(ダメだ!どれだけ力を振り絞っても、鍛えられた騎士4人には勝てない。俺はこのまま奴隷になるのか……?)
希望から絶望へ―― そんな俺を見つめる姫様も、同じように指先を切った。そして、流れる血のついた指を俺の指へと重ねた。 お互いの空いた手を魔道具の結晶部分に押し当て、ハゲ団長は魔道具を起動し、何かの呪文を謳えた。 呪文が終わると、魔道具の結晶から紫の光が放たれ―― 俺の意識は、そこで途切れた。