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Pretender  作者: たまマヨ
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第18話 光堕とす道

病院からの帰り道。

日差しもいよいよ、その輝かしいかんばせを地平線へ落とそうとしている。

そんな橙色に照らされたどことなく会話を切り出しづらい空気。

不穏が足音を立てて近づいて来るようで、言いもしれぬ不安が漏れ出す。

光が暗く堕とされ、絶望が傍を這いずっているような。

そんな錯覚さえする。

それでも何とか言葉を絞り出す。


「僕たち、どうすればいいのかな」

「分かりません。大人に任せるしか、ないでしょうね」


希望というものは、あぁ、誰かにとっての絶望なのだろう。

希望というのは絶望と表裏一体。

誰かに希望を与えれば、それは誰かの絶望となるのだ。

強すぎる光が、濃い影を生み出すように。

光ある所に影があり、希望がある所には絶望がある。

それはどうしようもない、覆すことの出来ない摂理で、少年少女を阻む障壁だった。


「どうにかならないかな。どうにか、してあげたい」

「…そう思うだけで精一杯ですよ」

「くそっ!」


珍しいアシュの渾身の罵声。

子供だけの力ではどうにも出来ない。

しかし、たとえ理不尽な力を持ってしてもそれは解決にはならない。

その力が、また濃い影を落とすだけだ。

深い深い、人の奥底の暗い感情。

純粋な気持ちの発露。

嫉妬、失望、絶望といった人が忌み嫌う感情の助長にしかならない。

歩く度に足取りは重くなっていく。

心に掛かる負担も大きくなる。


(なにか、ないのか。《《親しくしてくれたあの子》》が処分されるだなんて!《《親しみやすいといいな》》って願ったら実際そう…願ったら…願った…ら……《《願ったら》》)


過去の言葉がフラッシュバックする。


『そういえば旭先生が言ってたなぁ。親しみやすいといいんだけど』


閃くことがあった。

そうだ、自分は願ったじゃないかと。

そして願いの大小はあれど、叶ったではないかとアシュは思った。


『こんなことじゃ、アシュにはなれない!僕は、《《アシュになるんだ》》!』

『僕はどうなってもいいから、彼女を…。『この状況を打開する一手』を!』

『絶対にアリスを守る!もう二度とあんな悲しい思いはさせない!絶対に!』

『聞かぬと不平を言うよりも進んで話を進めよう!それしかない!』


もちろん、叶っていない願いもある。

まだ叶える道半端のものもある。

それはもしかしたら叶わぬ願いなのかもしれないし、これから叶う願いなのかもしれない。


『いっそ《《あの人》》みたいな力があれば、彼女の願いも叶えられるんですけど』


願いの大小が直接抽選に影響せず、願う心の大小が決めているのだとすれば。

それが現実乖離性症候群《自分の病気》なのだとしたら。

自分にはとんでもない力があるのかもしれない。

子供の戯言すらも叶えてしまう力。

もちろん、まだ仮説も仮説、思い過ごしだという線も消えた訳では無いが。

アシュにはどうしても思い過ごしとは考えられなかった。

もし、この仮説が正しいとして。

前の自分アシュは気がついて居たのだろうか。

この世界という物は何かをこなすのには相応の対価が必要なのだ。

動く事にはエネルギーが無いと体は動かないし、脳みそも働かない。

勉強するにしてもスポーツするにしてもゲームをするにしても時間と自分の体を動かすエネルギーを対価として払うことで上手くなったり、出来るようになっていくのだ。

これだけずば抜けた能力を使用する際の対価が安いとは思えない。

もし、アシュの死が自然死ではなく、何者かによる暗殺や契約履行の際の対価の支払いだったのだとしたら。

それだけ危険で強大な能力《症状》になる可能性を秘めていると逆説的に証明されるではないか。

だからどうしたというのだろうか。

何よりも恐れるのは何も出来ずに終わること。

なにかを成し遂げ、朽ち果てるのならば、それはそれで自分アシュにとって好都合では無いのか。

それに、幸せを享受するには自分アシュは相応しくない。

この命は叶えるための道具なのだから。


「そっか…願えば…いいんだ」

「…え?」


アシュの唐突な言葉に少し遅れて疑問を発するアリス。

そんなアリスの方を見つめて、アシュは微笑む。


「アリス、なんとかなるかもしれない。…いや、なる。RAIRAは親しみやすい病院の人工知能だよ」

「…そう、だといいですね」

「そう──ウッ、ゲボぇ、グッ!…はァ、はァ」


アシュは言葉を続けようとして急に咳き込む。

いつものどことなく困ったような顔を顰めて嘔吐く。


「だ、大丈夫ですか?」

「ごめんごめん、大丈夫。…そうくるか。こりゃ、無闇矢鱈に使えないなぁ…!」


アシュは困ったような、それでいて新しいおもちゃを貰った子供のような表情を浮かべて呟いた。

アリスの平和が確約されるまで死ねはしないとそう思いながら。












途中夕食の買い出しがあるのだというアリスとスーパーの手前で別れると、アシュは神田孤児院へと急いだ。

もちろん別れる前にアシュはアリスの買い出しに付き合おうかとか荷物持ちをしようかと提案したが、その手伝ってくれる気持ちはありがたいが今日は昨日の買い出しで買えなかった残りの欲しいものを数点買うだけだから次回から手伝って欲しいという完璧な言葉の前に撤退を余儀なくされた。

という一幕があってアシュは一人で玄関に立っている。


「ただいま」


未だにただいまを言うのに慣れない。

というかまだ新しい土地に引っ越してきたばっかりのようなそんな感じだ。

実際も虚偽もクソもなく記憶が無いのだからそうなのだが。


「おかえりなさい。…アシュ、一人ですか?」


廊下の奥から狂花がそう呼びかけてきた。

それに対してアシュはバツが悪そうに答える。


「えへへ。荷物持ちは要らないと遠回しに言われて…」

「荷物持ちがお荷物になると。なるほど、上手いですね」

「…はい?」

「…。忘れてください」


ギャグが滑った狂花は困惑気味のアシュに顔を赤らめながら訂正する。

とはいえ微妙な空気感が玄関先を支配する。

会話がぎこちなくなり、アシュがやや強引に話を変えるのも仕方がないだろう。


「そうだ、先生。先生はなにかアシュの病気について聞いてない?えっと現実乖離性症候群だとかなんとかってやつ」

「なぜそれを?」

「いや、気になってさ。例えば何をすると頭が痛くなるとかなにか飲まなきゃいけないとか」

「…そうですね。特には何も。聞いてませんね。どちらともから。ただ、アシュというかみんな共通なのですが…強いてあげるとすれば、ここのみんなは一定の年齢以上になるとみな発熱することでしょうか。病院行きするくらいの高めの熱が出ますね」

「なるほど。ありがとう」

「──ただ」

「…?」

「アシュはその中でも特別体が弱かったですね。まるで生きていくうちに衰弱していくようなそんな感じでした。もしかしたらアシュはなにか特別かもしれませんね。病院にも頻繁に通ってました」

「なるほど。病院に居る時はどんな感じでしたか」

「見舞いに来た子達に申し訳なさそうな顔をしながら、色々と話を聞いていました」


狂花はそう言って少しの間沈黙した。

きっとアシュのことを思い出したのだろう。

そしてその沈黙の後、何かを決心したかのように前を見据え、言う。


「そういえば上にとある物があります。──アシュに関するものが。着いてきてください」


そう言って狂花は廊下を奥へ引き返し、階段を登っていく。

その後をアシュが追う。

アンティーク調な突き当たりの部屋のドアには〈アシュ〉と書かれたプレートが下げてあった。

それを狂花はドアノブを捻って開ける。

中は普通の部屋だった。

ただ、男子が使用してた部屋にしてはゲームやらフィギュア、漫画などもなれければ野球ボールもポスターもサッカーボールもなかった。

あるのは机とがらんどうのラック、そしてたくさんの文学書と小説やライトノベルの陳列された本棚であった。

汗牛充棟とも言うべきその本の数はそこまで大きくない部屋といえども【図書館】と形容するに相応しいだろう。

病弱な分知識量は多かったのかもしれない。

ジャンルも多岐に渡っている。

しかし、一冊も聞き覚えや見覚えのあるタイトルはない。

以前の居住者の趣味がニッチなのか自分の常識がおかしいのかどちらとも有り得そうでアシュはわからなかった。

机の上には色々な本、表紙を見るに勉強の参考書が乱雑に積まれていた。

きっとこれはアシュが毎日のようにやっていたのだろう。

特に数学の参考書やワークにはびっしりと付箋が貼ってあり、ワンポイントアドバイスのようなものから解法、やるべき日付も着いていた。

余程数学に熱心だったのかそれとも苦手だったのか。

そんなことをアシュが考えていると狂花が参考書の積み上がった机の引き出しから一冊の日記を取り出した。


「これは、あの子が《《最後の》》退院してから亡くなるまで書いていた日記です。…もしかしたら、ここになにかアシュの症状に関するものがあるかもしれません。だが、私は読めなかった。私は、記憶を書き換えたくなかった。私は、あの子に頼るばかりで何もしてあげられなかった。それなのにあの子は逝ってしまった。まだ若いのに。そして死ぬ間際のその日記に私に対する恨みつらみが書いてないか怖くて開けなかった。弱い、酷く醜い自己保身です。あの子がそんな人間だと思わないのに。あの子が入院して以来、皆この部屋には来ていません。私とアリスは、もう帰ってこないと認識してしまわないように。他のみんなは、帰ってくると信じて。部屋は…今の今まで片付けませんでした。いえ…片付けられなかったのかもしれません。部屋に残っているあの子の家具がまるであの子の残滓のような気がして。気持ちの整理と一緒で、部屋の掃除も、出来なかったのでしょうね」


自嘲気味に言葉を重ねる狂花にアシュは日記を受け取りながら言った。


「アシュは居なくとも、僕はここに居るよ。アシュさんがそんなことするとは思わないけれど、もしそうだったとしても大丈夫。あの人の代わりになるなんて言った僕も一緒にごめんなさいって言うよ。言うべきさ。そしたら、きっと許してくれるよ」

「そう…ですね。その時は一緒に…謝りましょう。許されないことをした、と。それでも許して欲しいと」


二人は力なく笑みを交換しあった。

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