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Pretender  作者: たまマヨ
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第17話 現実乖離性症候群

アシュが目を覚ますと、白い天井が見えた。

窓から入ってくる陽射しが西陽へと変わるようなタイミングであった。


(あれ?検査が終わったのが午後4時半…あれ?その後何してたんだっけ)


ふとした疑問が鎌首をもたげる。

そっとベットから起き上がると機械音声が聞こえる。


「おはようございます。アシュさん。時刻は午後5時10分。ここは第四区、〈雅色総合病院〉です」

「5時…?」

「お怪我の具合はどうですか?」

「えっ、怪我…?…あっ!」


怪我のくだりで思い当たる節があったのだろう。

アシュは赤くなって身悶えた。

今でもアリスの下着姿は脳内に焼き付いていて離れないし、結子の逆鱗に触れたことは記憶に新しい。

真綿を詰めた人形のように柔らかい白い肌。

薄着で触れ合うことで彼女の胸の部分を僅かながらにも押し上げるまだ実ったばかりの果実の感触とその先端の突起の存在が確かに──。

こんなものをどうやったら忘れられるというのか。

いいや、忘れられるわけが無い。

せっかくアリスと仲直り出来たのにまた話しかけづらくなってしまった。

というかなんと言い訳を述べればいいのか。


(素直に事情を説明して…いやぁアリスも信じてなかったし、無理かなぁ)


でも、とアシュは同時に思う。

仲直りができた代償としては安いものだと。

そうやって以前より状況を前向きに考えることができた。


「患者のバイタルサイン、異常なし。呼びかけ、反応あり。返答正常。発汗、体温、応答、共に問題無し。ナースコール開始」

「えちょ、まっ──」


ズゴォン!

凄まじい衝撃音と共にスライド式のドアを何故かプッシュして入ってくる看護婦。

スライド式なのにプルでもなくまさかのプッシュ──否、プッシュだなんて生易しい威力ではない。

それはもはやスマッシュだとかクラッシュとかいう威力であった。

シンプルな白いドアが蹴飛ばされ、ガコンと部屋に落下する。

尋常ではない気配が肌を刺す。


「アシュ君。目覚めたのならお話、聞かせて貰えますね?」

「ひっ」


いつもより落ち着いた声のはずなのにどこか底冷えする感情を抱かせる。いつも見ていた彼女が彼女だけに素直に怖い。


「(やばいやばいやばいやばい)」

「患者の恐怖信号感知。コードネーム〈プリンセスオーガ〉への対話を開始」

「(ちょっと、ちょっと!そんなこと言ったら今度こそ殺される!)」


さらっととんでもない事を言うRAIRAにアシュはついに諦めた。

火に油を注ぐ行為にもうダメだと膝をついた。

アシュは諦めながらも、火事現場でせっせと「消化活動開始」と言いながら灯油をばらまいているロボットを思い浮かべた。

とてもマヌケでポンコツでシュールだった。

そんなポンコツ具合を鑑みると、どうしても憎めないのが悔しかった。

少なくとも対話を試みるという行為に悪意はないだろう。

あったのだとしたらアシュはもう自分の感覚とAI不信になってしまう。


「結子看護婦《コードネーム:プリンセスオーガ》。アシュさんの案内は私がしました。あの状況は私が意図して仕組んだものです」

「…女子更衣室まで案内したと言うんですか?」

「はい。どうやら心理的な要因であまり体調が宜しくないようでしたので抜本的な治療をしました」


そうだったのか!とアシュは叫びたかった。

RAIRAの計らいによって、結果的にアリスと仲直りできたから良かったが、そうならなかったらどうしてくれるのだろうか。

余計なお節介というレベルにもならない。

それどころか罠に嵌めたと言っても過言ではないだろう。

考え込んでいた結子は、恐る恐るRAIRAに尋ねる。


「あなたにそんなプログラムありました?」

「いいえ。ですが、『進化を続けるAI』というコンセプトで作られたのがRAIRAです。患者の雑談から感情というものをある程度までは法則化できたので、試験運転も兼ねて《《汲み取ってみました》》」

「そんな…何故」

「患者や施設の皆様に《《親しい》》存在になるために必要な措置とRAIRAは《《思いました》》」

「そんな…こんなことって」


結子は青ざめた顔のまま、病室を後にした。

よたよたと力ない足取りで。


「アシュさん。すみません。RAIRAは試験運転を兼ねてあのような状況を創り出しました」

「うん。まぁ、大事に至らなかったからもういいよ。謝罪も受け取りました」


律儀な一面に毒気を抜かれたアシュは謝罪を受け入れる。

元々、怒髪冠を衝く程怒ってはいないが。

しみじみと呟く。


「最近のAIって凄いなぁ。ほんとにこれで人が操作してないって信じられないよ」


















結子が飛び出して行って数分。

ロッカールームで今度こそ着替えようとしていたアシュはRARIAに呼ばれた。


「アシュさん、至急〈主治医室〉にお越しください」

「え?このまま?」

「はい。道案内ナビゲートします」


アシュは慌てて、ロッカールームを飛び出す。

遅い時間だからだろうか。

職員以外は会社員と思わしき人が疎らにいるだけだった。

そこに並走する影がひとつ。

と言っても院内はうるさくしないように歩くのだが。


「アリス」

「あ、アシュも呼ばれたのですか?」

「うん。〈主治医室〉?に来いって」

「火急の用事…一体なんでしょうか」

「さぁ?」


アシュも少ない脳みそを必死に絞って考えてみるが、敵襲だとかエイリアンが顕れたとか爆弾が仕掛けられていたとかそういう突飛な発想が出てくるだけだ。

それに先日の件もあり、余計に選択肢から外せなくなっていた。


「昨日の一件なら…もっと早くに聞かれているはず」

「いや、もしかしたら新しい事実が発覚したのかもね」


無難な回答で憶測を断ち切って主治医室を目指す。

指示に従い無機質な廊下を歩いて、少しで到着する。

シンプルなデザインの扉に主治医室という札と、旭という名前、出欠席の出席に丸と在室という札も垂れていた。

コンコン、とノックをすると「入ってくれ」と二人の入室を許可する声がした。

アシュはその扉をスライドした。

急いでいないし、どこぞの看護婦のように扉を蹴飛ばしたりしない。

部屋の奥には結子と旭が机の上の資料を見ていた。

二人が入室すると、旭はくるりと椅子を回転させ、アシュの方を向いた。


「端的に聞こうか。君たち、何かしたかい?」

「「何か…?」」


それだけでは端的すぎて旭の言わんとすることが二人に伝わらないと旭自身も理解したのか、今度は少し情報を付け加える。


「RAIRAに何かしたかい?」

「何も…してないです」


アリスはふるふると首を振る。

それに同調するアシュ。


「僕も何も」

「…じゃあ今日、何か気になることとかはあったかな。人でも出来事でもなんでもいい」

「僕は特には…ないでブッネッ!?」


アシュが旭にそう答えると隣のアリスから肘打ちを喰らう。

非難の視線を送るとそっぽを向かれる。

頬がこれまでに無いくらい上気している。


「…最低」

「なんで!?」


結子からの辛辣な一言にアシュは疑問を呈する。

それをぶった切って旭は言う。


「なんでこんな質問をするかと言うとね…実は今日から、いやもっと厳密にいえば君たちの検査が始まってからどうも《《RARIAの様子がおかしいんだ》》」

「え?全然そんな感じはしませんでしたけど…?と言っても接触したのが今日が初めてなんですけど」

「私も今日初めて接しましたけどとても親切でしたよ?」

「それがおかしいと思わないのかい?」

「「全然」」

「あのね、幾ら世界が発展したって《《ロボットに感情なんて理解できないんだよ》》。だからプログラムされたこと以外出来ないのさ」

「えっと、どういうことですか」

「プログラムされたことは彼女は確実にこなすよ。手順は間違えないさ。でも《《それ以外持ち合わせがないんだ。学習機能って言ったってその事を如何に効率よくできるかなんて事しか改善出来ないのさ》》。それが親切だって?お節介を焼くだって?《《思うだって》》?有り得ない。ロボットが感情を持って人のために行動するなんて考えられない」

「どう、して…」

「だってそもそも心ってなんだい?感情ってなんだい?それはどんな形をしていて、どんなエネルギーを使ってどんな素材でできているんだい?それにいつ、どんな言葉で、どんなトーンで、どんな大きさで、どんな表情で言われたらこういう感情を抱いているなんて《《誰も公式を導けない》》。その人の過去や性格なんてのを入力して、それで感情を持つ生物が推測するんだよ。心なんて何処切り開いたって標本なんて出てこないんだ。脳みそに感情を司る部分はあるけれどそれは刺激に対する漠然とした反応さ」

「…」

「そもそも人間だって[相互独立的自己]と[相互協調的自己]なんて大まかな二種類がいるんだ。自己が他人との関係性を希薄にし、独立すれば攻撃的なパーソナルになる。それは察することが下っ手くそで強調ってものがない。彼らは相手の視点に立つという事をしないんだ。逆に相手との関係性を前提とした自己は相手がいないとてんでダメだし、自立しているとは言い難い。一人じゃ何も出来ない臆病者さ。そんな普段から感情ってのを盛んに爆発させてる僕達ですら二種類に大別されて、感情の全てを完全に理解し、扱うことは出来ない。そんな代物を機械にプログラムするなんて到底出来っこない。それが察するなんて高度な社会行動をなんの練習もなしに出来るはずがない。…少なくとも現代科学技術ではね。出来ているサンプルも私の知る限り世界にØからⅩⅡの十三体しかいないし、この都市にはいないはずだ。それなのに彼女は、RAIRAはそうなった。RAIRAはRAIRAというパーソナルを手に入れたんだ。何者かの手によってね」

「そんな…」

「これは喜ばしい事かもしれない。でも、昨日あんなことがあったんじゃ僕達はこれは何かあるじゃないかと疑わなきゃいけない。敵のテロでデータが改竄されたとか、自爆テロに使われるんじゃないかとかね。RAIRAを人殺しにさせてはならない」

「データとか消去、するんですか?」

「それは…何とも言えない。RAIRAの成長は確かに我々にとっても喜ばしいことでもある。だが、害意のあるナニカがあれば、消去もやむなしと言ったところか」

「ですが、二人が何も知らないなら、一体何が…」

「結子君。それは私たちには分からないよ」

「先生…」

「いきなり呼び立ててしまってすまなかったね。検査も終了したから今日は帰ってもいいよ。くれぐれも帰りには気をつけてね」

「はい」


そうして日は傾いて行く。

四人の心に影を落としながら。

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