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ロイス(2

※少々胸糞表現有

 何かと理由を付けて伯爵家に出資をねだる申し込みが後を絶たない。

 ロイスの父が断ると、契約書と怪しげな取引の証拠をちらつかせ、じわじわと父の精神も伯爵家の財産も家庭の温かみをも削っていった。

 

 そして起こった彼らによるロイスと彼の5つ上の兄の誘拐。

 父伯爵は己の手に余る出来事に、爵位を捨てる覚悟で(ツテ)を頼りなんとか息子たちを取り戻した。

 報告を受け事態を重く見た王家の介入と調査により、ヤドヴィー伯爵家はようやく犯罪集団と縁が切れることとなった。

 

 だが、壊れ失ったものは戻らない。

 ロイスが誘拐されたのは7歳だったが、要は7年もの間伯爵領は犯罪集団によって蝕まれていたということだ。片や旨い汁を吸った者、片や支配され蹂躙された者。伯爵はどちらからも白い目で見られた。

 

 豊かだった資源は何とか取り返したものの目減りしていた上に王家直轄地となった。搾取の内容と頭が変わっただけで、結局ヤドヴィーは名ばかりの伯爵となる。

 

 明るかった兄も誘拐以降人が変わった。

 両親世代から上の大人に酷く怯え、泣き叫び暴れるようになる。誘拐で無事(・・)だったのはロイスだけだ。

 

 ヤドヴィー家血統の特徴である、光の具合によって白髪のようにも見える金の髪と、赤く見える瞳を兄は持っていた。嗜虐癖のある者たちには物珍しく魅力的だったのだと言う。

 勿論ロイスもその血は継いでいる。だが兄ほどのはっきりした色味ではなかったのと、彼らの好む年齢ではなかったために見逃された。

 

 更に兄はどこで耳にしたのか、誘拐された時にロイス(代わり)がいるからと両親が彼を一度諦めたことも知ってしまった。実際は2人とも誘拐されていたわけだが、彼の心は砕け散ってしまった。

 そのせいでロイスに歪んだ負の感情をぶつけてくるようになる。まだ子供のロイスには受け止め切れず、兄を拒絶し、兄を庇う親とは壁ができる。

 

 そしてロイスは16になり親が決めた相手とすぐに結婚した(・・)

 フィリア王国での成人は男16歳、女18歳だが、社交界デビューと婚姻は子供を作ることのできる身体になっていれば良い。

 それでも男としては適齢期よりもかなり早い結婚だ。相手の領地で相手の身内だけの式を挙げ、そこで初めてロイスは相手の顔と名前を知る。

 

 それがミシェル・ハーパーだ。

 ミシェルはロイスより1つ歳上で、柔らかな茶色の巻き毛と頬に散ったそばかすが特徴的な娘だ。

 ロイスはこの婚姻が当人以外の様々な思惑が裏で動いて成ったことを彼女の口から聞いた。

 

 ロイスの兄は恐らく誰とも婚姻は望めない。

 本来であればヤドヴィー伯爵はが兄を幽閉し、ロイスを後継に立てるべきだった。だが彼は長男を一度見捨てたということが負い目となり、一歩を踏み出せなかった。 

 それでロイスを兄から遠ざけることにした。伯爵家はどうせ名前だけ、世継ぎがいなくとももういいと諦めたのだ。もっと早くにそうしていたならば長男の心が壊れる事件は起きず、ロイスと仲違いすることもなかっただろうが零れた水は戻らない。

 

 何も知らされないまま婚姻し入婿となったロイスに不満がないと言えば嘘になるが、彼を目の敵にする兄を守り庇う全てから離れられることは何より魅力的だった。

 この頃にはロイスも兄に何が起きて、家に何があってこうなったかということは全て把握していた。だからと言って痛め付けられる生活を良しとはしない。

 だから妥協して婚姻を受け入れた。

 

 それに朗らかで天真爛漫な妻のミシェルはロイスにとっては思いの外癒しとなった。 

 ヤドヴィーの血統である髪と瞳はロイスの成長と共に現れて派手な外見となったが、彼の性格は真逆の真面目でそつがない仕事ぶりのため職場での評価は良い。夫婦仲も悪くなく日々は平和に過ぎていく。

 

 だが、平和を望まない者もいることを皆が失念していた。

 

 ロイスの兄は、物理的に離された弟を求めてハーパー領に姿を見せる。

 彼は、大人恐怖症問題の責任を弟に転嫁することで何とか発作を我慢できるようになっていた。

 弟への加虐欲求だけで生きている彼の標的はあくまでも弟。だが手段としてミシェルに目を付けた。

 

 ロイスがいない時間を狙い訪問する兄、問題が有るとはいえ爵位は上で義理の兄を拒めないミシェル。

 王宮で仕事をしているロイスに心労を与えないようハーパー家が慮ったのが仇になる。

 噂は人の口から語られるもの。口止めがされればされるほど真実は歪んで曲がる。ロイスの耳にもそれは入った。

 

 ――ミシェルはロイスの兄と通じている、と。

 

 噂を気にしたロイスが人を雇い調べさせれば、確かに兄はやって来ていた。

 何をしているかまではわからない。だが、かなり頻繁だ。彼からの嫌がらせだとは言われなくともすぐにわかった。

 そうとわかっているがゆえに一線を越えたのではないかという疑念が膨らむ。だが問い質せないまま、じりじりと日々は過ぎる。

 

 その日、ミシェルは体調が悪く、医者を呼び休んでいるところへロイスの兄はやはりやってきた。

 使用人たちが止めるが構わずミシェルに対応を求め居座った。さすがに使用人たちはまずいと王宮にロイスを呼びに使いを出し、知らせを受けたロイスはすぐに屋敷に戻ってきた。

 

 彼が見たのは、勝ち誇ったようにこちらを見る兄と、その腕に抱かれ胸に凭れるミシェルの姿だった。

 ロイスは溜息をそっと吐くと、彼らには何も言わずにその場を立ち去り、使用人には王宮に戻るとだけ伝えて仕事に戻ってしまった。

 

 これがロイスの大きな運命の分かれ道だった。これまでロイスが選択してきたものは非常に少なかったが、この場から逃げると決めたのは彼自身だ。

 その夜は家に帰りたくなくて、珍しがる同僚たちと酒場でしこたま飲んで帰宅した。

 

 ミシェルはロイスに兄とはこれまで何もないこと、今日は体調が悪く、貧血で倒れた時に兄がいたことを説明した。だが彼は酷く酔っていてきちんと聞けない。彼は酔いも手伝って気が大きく、更に悪いことに激昂していた。

 

 泣いて縋るミシェルの頬を力任せに叩いた挙げ句、突き飛ばし暴言を吐く。

 彼女は倒れ込んだ拍子にサイドテーブルで腹をしたたか打ち付けてしまうが、ロイスはそのまま部屋から出て居間で寝てしまった。

 

 翌日ロイスの目が覚め、酔いが醒めた時には何もかもが手遅れで、あるはずの日常は狂っていた。

 酔いで記憶を失くすほどではなかったせいで、自分が何をしたか分かったロイスはミシェルに謝罪しようとしたが、家にいない。

 使用人に聞けば、医者を呼んでハーパー子爵の住む本邸にいると言う。

 

 ロイスはすぐに本邸に行き、頭を下げて謝罪に言葉を尽くしミシェルに会わせてもらえるよう頼んだ。

 だが子爵は頑として会わせはしなかった――別れるその日になっても。

 

 ミシェルに会えないまま数日、ロイスには離縁状が突きつけられた。抵抗したが駄目だった。

 聞く耳を持たれない、会わせてももらえないことに抗議すれば、『君と同じことをしているとは思わないのかね?』と返される。

 

「君は話を聞いてくれと頼む娘の頬を打ち、突き飛ばした。それにより何が起きたかは聞いてないだろう? (ミシェル)が止めているからだ。……あの子は流産したんだよ、君との子供を」

 

 ロイスはその言葉を聞いた後からの、離縁状にサインし、ハーパー家を出るまでの記憶がきれいに抜け落ちている。

 ひとつ記憶を思い出せば芋づる式、けれど肝心のところは抜け落ちたままだ。

 

 いつの間にか彼は独身に戻っていて、職場が用意してくれた家からきちんと仕事に通っていた。

 兄はとうとう領地のどこかに幽閉された。その時には両親がロイスに頭を下げた。最初からそうしてくれたら良かったのに、とは思っていても口に出しては言えなかった。

 

 ミシェルには事あるごとに手紙を書いた。返事が返ってくることはない。

 たった一度の過ちじゃないか、とロイスの中で身勝手な声がする。

 誤解を招く行動をするほうが悪いだろう、とロイスの頭にろくでもない声が響く。

 

 ロイスの離縁は彼の経歴に傷を付けなかった。ミシェルが子爵に報復するなと頼んだのだろう。それがますますロイスの心を追い詰めていった。

 彼は仕事に没頭し上級官僚へと抜擢された。大出世だ。

 

 結婚生活は2年、離縁して4年が経ち、彼の中でミシェルは封印され触れてはいけない記憶(もの)となった。



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