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巷にあふれ返っている一節

序章4/4

 そうしてこの日を迎えたのだと言うソフィアにアレクサンドルは苦笑した。

「おおよそは調べていた通りけれどね。まさかそこまで蔑ろにされていたとは。何で教えてくれなかったかな? ソーニャは」

「だってサーシャも忙しかったでしょう? それに何とかするって言うなら何とかしてくれるんだろうなって思ってたし」

 アレクサンドルは破顔して、ソフィアの頭を優しく撫でた。

「――勿論だ、ソーニャ。だからこうして来ただろう? 救いに」

 

 アレクサンドルは国賓として正式に呼ばれた訳ではない。勝手に(・・・)やって来たために国賓としてもてなさざるを得なかったのだ、フィリア王家として。

 だが文句は言えない。属国であるから。約束を反古にしたから。皇帝である自分(アレクサンドル)を、帝国を、ソフィアを虚仮にしてきたのだから。

 

「――さて、ソーニャ。お仕置きの時間だよ、ついておいで」

「お仕置き?」

「駄犬は躾ないと。飼い主の手をすぐに噛むんだ。吠え散らかして人様に迷惑をかけたりね」

 

 アレクサンドルはカウチから立ち上がって、ソフィアをエスコートしようとすると、横からニエムがあわあわと割り込む。

 

「ソフィアのエスコートは私が!」

「……うわあ……ソーニャ見た? 私にでもこうだよ? こんなのと結婚させて大丈夫かな、今更不安になってきたよ」

 真顔で言ったアレクサンドルだが、ソフィアと顔を見合わせると声を立てて笑い合った。

 

 

 

       * * * * *

 

 

 問題を起こした5人と侍従のリュイ、王と王妃、クリスタの兄王子の2人は1室に詰め込まれていた。

 詰め込まれていると言っても適度な広さがある。あるが王族からすれば10人にしては狭いと感じる広さだ。

 

 部屋の出入口には兵が立っている。これは帝国の兵だった。

 王と王妃、王子2人の顔色は悪い。

 それでクリスタは余計に苛立つ。

「……何だと言うんです、帝国ごとき」

 

 ボソリと呟かれたそれは存外大きく室内に響き、兵は鉄仮面を着けているのだが、それでも視線で射殺さんばかりに睨んでいるのが誰にもわかる。

 

 もう1人、マッドもかなり苛ついていた。

 彼はその性格からいまだに騎士団見習いであるのだが、それが何故か理解できていない。

 クリスタと同じく、帝国ごとき今すぐ排除できると息巻いている。

 

 青い顔で震えているのはロイスだ。彼は今になってやっと、ソフィアが何者で誰の血を引いていて、後ろ楯がどこであるかを思い出していた。

 そんなものがなくても公爵家のご令嬢だ。いずれは女公爵として立つかもしれない人だということを失念していた。

 

 不思議そうな顔で室内の人間の顔を観察しつつ、サリーの手を握って安心させるように撫でているのは王宮医師のヘリングだ。彼は貴族ではない。そのために自分がどのようなことをしたかということは本当の意味で理解していない。サリーは王族なのだから、ソフィアよりも上だと思っている。

 

 そしてサリー。彼女は落ち着きなく出入口を見ては胸を押さえている。

 ――アレクサンドル様が来たってことは、逆ハー溺愛ルートに移行決定! 私は帝国で皆に愛される皇妃になる! 早く来てアレクサンドル様、ううん、サーシャ……。

 

 サリーは心の中でアレクサンドルの愛称を呼び、うっとりと帝国の暮らしに想いを馳せている。

 

 侍従のリュイはこれからのことを考えて頭が痛かった。

 乳兄弟のクリスタは彼にとって家族であり弟と同じだ。これだけのことをやらかしたのだ、彼が無事で済むとは思えない。悪くて幽閉、良くてサリー共々市井暮らしだろうか。その時にはリュイはどうしたら良いのだろう。

 リュイの母がクリスタの乳母に選ばれ、それから同じ歳のリュイはずっと一緒に暮らしてきたのだ。

 だが個人的には付き合いきれない。

 あんなに綺麗で頭も良く素晴らしい資質を持つ婚約者がいるのに、サリーのような自分の人生を生きていない(・・・・・・)ような空っぽの人間のどこが良いのかリュイには分からなかった。

 

「楽にしたまえ、諸君」

 皇帝がいつの間にか兵の間に立っていて、室内の者に声を掛けた。

 見た目に同じく凛として涼やかな声が場を支配する。

 兵たちは静かに帝国式の礼で皇帝を迎えていた。

 

 その後ろにはソフィア公爵令嬢が控えている。

 ニエムと兵の1人はカウチを室内に運び込み、皇帝に座るよう勧めた。

 アレクサンドルは腰掛けると、ソフィアを隣に呼ぶ。

「――では始めよう」

 そう言って微笑む皇帝に王国の人間は息を呑んだ。

 

 楽に、と言われても室内の王国民に座る椅子は用意されていない。マッドは苛立ちを隠さず、アレクサンドルとソフィアを侮辱する意思表示でその場に唾を吐き棄てた。

 

「……ふむ。その考えなしの度胸に免じ、まずは君から断罪しようか、マッド・デグス。騎士団見習いか。……君は騎士団団長のご子息だそうだな」

 アレクサンドルは特に表情も変えずに、ニエムが差し出した報告書を捲る。

「君の年齢は16歳。騎士団見習いとして入団したのは10歳か。――いまだ見習いとは、6年間何をしていたのかな? 同期は皆正規の団員として働いているが?」

 

 マッドの顔が羞恥で紅く染まる。身体がブルブルと震え眼はギラギラと皇帝を睨み付けて見据えている。

「それだよ、マッド君。君は短気すぎる。そして思い込みが強すぎて騎士団には向いていないのだろ。騎士団は破落戸の集まりではないのだよ?」

「何を……! 俺は、俺は強い……ッ。強いから騎士団に……サリーだって……クソッ! 皇帝が何だと言うんだ」

 ぶつぶつと呟いていたが、突然アレクサンドルに襲いかかった。

 

 悲鳴、マッドの名を呼ぶ者、表情を変えない皇帝。

 誰も動かない中、ニエムだけが皇帝の前に出る。

 びちゃり、と重みのある何かが落ちる音、水が零れ落ちる音。

 

「――ああああああッッ!!」

 床に蹲り叫ぶマッドが、剣を握ったニエムの片足で踏まれ抑えられていた。

 紅の絨毯が敷いてあっただろうか、クリスタはぼんやりとそう思った。

 

「うっ、腕、うで俺のお、おれのうでッ」

 切り落とされた腕は目の前、己の血溜まりに顔を沈めたマッドは半狂乱になっていた。

「こういう場合、死に物狂いの馬鹿力が出るのだが。それを抑え込めるくらい我々は日々鍛練を積んでいるのだよ、マッド君。聞いているかい? 聞いていないようだな。……仕方ない。デグス団長を入れよ」

 アレクサンドルの一声で、出入り口を固めていた兵が退く。同時に大柄な王国の騎士が1人通された。

 

 倒れ――踏みつけられ、のたうち回ることもできず、痛みで泣き喚いているマッドの傍に寄ると膝を付き頭を垂れる。

「皇帝陛下に愚息の命を救って戴いた事に心より感謝を。我が命差し出してでも――」

「デグス殿、口上と反省は後で聞く。ご子息に手当てを……ああ、丁度そこに王宮医師がいたな。とりあえず医師を連れて手当てをさせよ」

 

 王宮医師のヘリングは腰が抜けていたが、兵に名前を呼ばれ反射するように情けない声で小さく返事をする。悪い夢を見ているのだと彼はぼんやり思っていた。

 騎士団団長のデグスが簡単に布で止血し、マッドを抱き抱えて部屋を出る。ヘリングは兵に立たされ、支えられるように彼も部屋を後にした。

 

「――どうした? 皆何を呆けている。さて断罪の続きだが……面倒になったゆえまとめてしまおうか。今回騒ぎを起こした5名は帝国の我が後宮(ハレム)にて仕えてもらおう。否は聞かぬ」

 

 美しき皇帝は微笑んだままそう言い放ち、自らの膝を肘置きにすると指で顎を支え、残った王国の面々を冷ややかな瞳でゆっくりと見渡した。






読んでくださってありがとうございます。

ここまでがなんと序章です。

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