表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/68

一目惚れは持続するか(2

 ソーニャの母である公爵夫人は、手を軽く合わせると、まるで名案を思い付いたかのようにサーシャに言った。

 

「そうだわ! アレクサンドラ様、王国にお越しになりません? こっそり、お忍びで。ソーニャのドレスを仕立てているんですけれど、お揃いでお作りになりませんか」

「ソーニャとお揃い?」

 サーシャは目を瞬かせた。王国のドレスはあまり彼女の好みではない。ふわん、ぼわんとしている物は着慣れないせいだ。

 

 帝国でのドレスとは、身体のラインに合わせたようなタイトな物で露出も多い。普段着や女性の正装は長袖のガウンコートに裾の広がったパンツと露出が少ない分、パーティや夜会では自らの美しさを誇示し見せ付けるような意味を持つ。

 女性の正装は高位貴族であれば皇族への謁見であったり、他国との謁見時などに着用する。

 

 ふわん、ぼわんを着た自分を想像してみるが、いまいちピンと来ず、サーシャは思わず眉間に皺を寄せて腕を組んだ。だがそれでもソーニャとお揃いに心惹かれる。

 サーシャはやや間を置いて、公爵夫人を上目で見つつゆっくりと返事をする。

「……行く」

 

 公爵夫人は微笑んで鷹揚に頷いた。その内心はサーシャの上目遣いと可愛らしい態度に力一杯のガッツポーズである。

 

 

       * * * * *

 

 

 こうしてサーシャは公爵家の馬車に乗り、王国へと足を踏み入れた。

 公式ではない入国は初体験だ。

 

 来たかったグラスペイル領。帝国とは空気も違う気がして、サーシャは大きく息を吸い込んだ。

 現皇帝であるサーシャの父はかなり渋ったが、皇帝となる前に遊んでおきたいという珍しく子供らしいサーシャの願いに陥落した。

 

 ただ2番目の兄であるダニールも付いてきた。サーシャはニエムだけで良いと言ったのだが、彼は王国を見たいと言って聞かなかった。

 3番目の兄、リュシアンことルキもかなりごねたのだが、彼はサーシャを側で支えるのだと宰相職を狙っていて目下勉強中のため付いて来られなかった。

 

「ダーニャ、夫人が見立ててくれたのだ、これはどうか?」

 ダーニャとは兄ダニールの愛称だ。長兄のバリスはサーシャに『あに様』と呼ばせたがるが、次兄三兄は愛称で呼ばせたがり、彼女はこの2人の兄を愛称で呼ぶ。

 

「サーシャ、まるで木百合の精だ、可愛いよ!」

「……ダーニャありがとう! これ、ソーニャとお揃いなんだ、これの色違いで……」

 サーシャは一所懸命夫人が選んだワンピースについて熱弁している。その瞳は嬉しさに潤んでいた。

 その無邪気な妹の姿を見ているだけでダニールことダーニャは幸せに包まれる。

 

 お揃いのドレスは、サーシャが心配していたようなふわんぼわんとした物ではなく、よそ行きのワンピースだった。それでも肩の辺りは軽く膨らんでいるが、形は帝国風にやや体型に沿うように作られていた。

 黄みのある白いワンピースは子供らしく膝下の長さで、似合わないと思っていたサーシャだがよく似合っていた。

 色違いでピンクを着たソーニャと結った髪の形もお揃いにしてあり、並ぶと本当に妖精の姉妹のようで微笑ましい――身の丈がソーニャよりあるので姉に見られるのはサーシャなのだが。

 

 公爵夫人は元々サーシャにワンピースだけでなく、色々送るつもりで幾つかソーニャとお揃いの物を作らせていたのだが、サーシャの話しぶりから女向けの衣装は着ないつもりだと悟る。

 だからまだ多少自由の効く皇女の間に渡して着せてしまおうと思ったのだが、本当に連れてきて良かったと彼女は強く拳を握った。わが娘は勿論可愛い。だが伯母の孫である皇女は見目の麗しさとは別に、無責任からくる可愛さがある。顔の作りは違うのに、血がそうさせるのか並ぶと面差しが似て見えるのも一族の矜持が見えるようで誇らしい。

 

「皇后陛下にも見ていただきたかったわ」

 夫人はソーニャと並んだところを見て、ほう、と嘆息しながら呟いた。ダーニャが優しく微笑って、荷物から白い画布を取り出した。

「こんなこともあろうとね、持ってきたんだよ」

 彼は絵を描くのが趣味だ。多趣味な人であり、サーシャが皇位に就いた後は庭師になる予定である。庭師と言ってもサーシャのための小庭で絵を描いたり、彼女の好物の果実を育てたりするつもりだ。

 

「サーシャ、ソーニャ、ちょっとだけ並んでくれる?

 ……そう、うん。ちょっとだけだよ」

 2人を呼んだダーニャはそう言ってさらさらと炭で2人の形を画布に写していく。

 彼女たちは今すぐにでも飛び出して、遊びに行きたくてウズウズしているのが手に取るように分かり、彼は微笑む。

 サーシャの子供らしい年相応なところはごく稀にしか見られない。彼女は皇帝たれと意識しているところがあるからだ。

 人への接し方話し方もそう。ダーニャはそれを見る度に心が痛む。サーシャが本当に望むなら皇帝の座なんて幾らでも替わってやれる。

 父皇帝が占術師だか予言師だかの言葉を真に受けたばかりに、末の妹であるサーシャから子供らしさを奪ってしまった。それがダーニャは心苦しかった。

 だがサーシャは皇帝に成ると決めて、グラスペイル領(ここ)には少女として子供として最後の想い出作りに来たのだろう。

 

 ならばダーニャはそれを残しておいてやると決めた。いつか彼女が迷った時に、辛い時に思い出せるよう残す。

 

 サーシャとソーニャはしばらくの時間大人しく絵のモデルになっていたが、領内に曲芸師の移動テントが来ていて、屋台が沢山出ていると聞いた途端にそわそわと落ち着きがなくなった。

 ダーニャが苦笑して解放してやると、2人は駆け出していく。ニエムがそれを慌てて追いかける。

 

「夫人、放っておいて大丈夫か?」

「ここはグラスペイル領ですよ殿下。帝国領でもございます。あの子たちの髪と目の色で悪さをする者はございません。この領はどのような暗い場所にも人の目(・・・)というものがございますから、万が一がありましても人の手(・・・)が届きます」

 それに、と公爵夫人は困ったように微笑んで言う。

「ニエムも勿論ですが、アレクサンドラ様だけで十分一隊に匹敵するお力がございますので……」

「人の妹をまるで化物のように言わないでくれ」

 破顔してそう言ったダーニャは上機嫌で画布に向かった。

 

 

       * * * * *

 

 

 町は熱気に溢れている。呼び込みの声や太鼓やラッパの音があちこち入り乱れ、多くの人が屋台に寄り曲芸を見るために集まっていた。

 

 ソーニャより頭ひとつ分大きなサーシャが彼女の手を引いて興味の向いた方へと早足で歩くが、ソーニャはついていけず足がもつれる。

「……待って、待ってちょうだいサーシャ。(わたくし)駆けたり歩いたり、少し疲れたの」

「――あっ、ごめんねソーニャ。うっかりしてた」

「いいですか殿下、ソーニャは普通のご令嬢なんです、軍で鍛えた殿下とはね違うんです! ソーニャ、ここで待ってて。何か飲み物を探してくるから」

 ニエムが偉そうに注意して、人混みの中に消えていった。

 

 サーシャはやれやれとそれを見送る。

「あいつ偉そうに待てと言っていたが、こんな往来ではダメだろう。ええと……」

 サーシャは首を左右に振って人混みの隙間から休める場所がないか探す。

 と、丁度良い場所があった。ソーニャを励まして立たせる。

「ごめんねソーニャ、ちょっとだけ歩ける? もし何だったら私が抱えていくけど……」

 さすがにそれは恥ずかしいと、ソーニャはサーシャに引かれて人混みを何とか抜けた。

 

 そこは階段の脇で、空き木箱が幾つか積んである。サーシャは椅子代わりだと、2つ手に取りひっくり返すと並べて座った。ソーニャもその隣に座る。

「ごめんねサーシャ、色々見たいわよね」

「ううん。ソーニャこそ足を痛めてない? 無理に引っ張ってごめんね?」

 2人で謝りあっていると、そこに影が落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ