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一目惚れは持続するか(1

 大陸の半分を支配し、友好国という名目の属国を持つファン帝国。

 

 先代皇帝がまだその在位にあった頃、後宮(ハレム)は主の寵を競うだけであれば良かったのだが、畏れ多くも正室にまで罠をかける者が現れた。

 

 そこで、当時の皇后である正室は歳の離れた実妹を後宮(ハレム)に上げた。

 後宮(ハレム)の乱れの大元を叩き潰……正すために彼女が選ばれた。本来であれば例え正室であっても皇帝の持ち物である後宮(ハレム)に口を出すことは許されない。だが己の立場も分からずに正室に牙を剥く女たちをおいそれと放置しておくわけにはいかない。

 

 本来ならば皇帝が上手く治めねばならないが、皇帝は寵愛している女に甘く、懲罰を怠る節がある。ために正室を侮る無知で恥知らずが出てくる。それを都度秘密裏に皇后が手を下さねばならず、それがより一層皇后の苛立ちに拍車をかけていた。

 

 まず正室は皇帝に妹を見初めて貰えるよう手配し、無事後宮(ハレム)に上がらせ、彼女たちの家の者である宦官を使い秘密裏にやり取りした。その中で妹は妊娠し、娘を出産する。

 後宮(ハレム)では妹によるチェックと調査と報告により、静かに粛清が成されていく。その後は正室の意向を受け、皇帝の寵愛深い妹が上手く女たちを取り仕切っていた。

 

 さてその妹の生んだ娘は、成長すると王国に遊学する。

 先皇帝は既に息子にその座を譲っていて皇太后となった正室、下賜するには歳の行き過ぎた者や寵愛深い数人の側室――皇太后の妹も勿論――を連れての離宮住まいとなる。

 先皇帝は歳を取ってから得た我が子が他に比べるまでもなく明らかに可愛がっていた。彼は他の子のように離宮で働かせて自らの側近くに置き、いずれは自分がこれと認めた男と添わせるつもりであった。

 

 だが、娘は違った。後宮(ハレム)で育った娘は女の裏の裏、負の感情の坩堝(るつぼ)の中で揉まれてきた。それが戒めとなり、彼女は一夫一妻制の王国で結婚してしまおうと目論んだのだ。

 

 そして娘に甘い先皇帝は渋々彼女を王国に出す。

 帝国での立場を隠しておきたい娘と明確にして余計な虫を寄せ付けたくない先皇帝の間で一悶着あったものの、娘の思う通りになる。

 

 そして娘はグラスペイル公爵となる男と恋に落ち、2人は様々な障害を潜り抜けて婚姻し、娘を授かった。

 

 その娘こそ現皇帝アレクサンドル・ファン・メイエットの従叔母(いとこおば)であるソフィア・ロシュタリアであった。

 

 

       * * * * *

 

 

 アレクサンドラことサーシャは2歳年上の従叔母(いとこおば)であるソフィアの住まう、帝国皇族専用の(やしき)に今日も来ていた。

 

 サーシャにとってソフィアことソーニャとは血縁上での呼び方こそ従叔母(いとこおば)だが、姉のように慕っている。

 

 王国の公爵令嬢であるソーニャがなぜ帝国にいるのかといえば、生まれたときからサーシャに仕える従者であり護衛のニエム・ドレドロがソーニャに惚れ込んでいて、ぜひ将来は自分の妻にと折に触れ公爵家に頭を下げ……泣きついて婚約内定を勝ち取った。

 

 そのため、本来王国の公爵令嬢であるソーニャは向こうで社交界デビューせず、こちらで今年済ませたのだ。孫可愛さで帝国に置いておきたい先皇帝の意思も多分に鑑みられた結果とも言える。

 

 さて現在17歳のニエムは内定した婚約に舞い上がり舞い躍り、毎日熱心にソーニャに愛を囁いている。だが彼のあまりの熱量にソーニャとそれを側で聞いているサーシャは逆に冷めていた。

「アレはもう病気の域だな。ソーニャ良いのか? アレは……重いぞ」

「お母様曰く、アレなら浮気の心配ないからいいと思うわって。私はまだ恋したことないもの、分からないけど――あの変な感情の溢れ方を何とかすれば……多分大丈夫じゃないかしら」

 

 サーシャはふむ、と内心で頷いた。

 先ほどソーニャの母から彼女とその夫の馴れ初めを聞いていた……はずだが祖父のどうしようもなさ具合が内容的に強かった話に、彼女は軽く不安を覚えたのだ。

 

 ソーニャには愛の重そうなニエムがいて、それは幸せなことなのだと周りも言う。サーシャは2人を見ていると天秤が傾きすぎてひっくり返っているようにしか見えない。

 ソーニャはどう思っているのかと思えば『恋をしたことはない』と言う。

 ならばニエムで今決めてしまうのは酷なことではないのだろうか。もしソーニャが成長した時に他の男に心奪われた時、婚約者のいるソーニャが責められてしまうし、ニエムも立ち直れないかもしれない。

 

 ――ソーニャの母は人の心の移ろいが時に嵐を呼ぶと知っているからこそ王国で伴侶を見つけたのでは。

 

 サーシャはまた、ふむ。と考える。難しい顔をしていただろう彼女をソーニャが心配そうに覗き込んだ。

「サーシャ、大丈夫? また難しいことを考えてるのでしょう? ニエムのことなら大丈夫だからあんまり意地悪はしないであげてね」 

 と、まるでニエムよりソーニャの方が大人の対応で、『もしかすると存外2人は上手くゆくかもしれないな』とサーシャは思った。

 

 一人納得しているサーシャに、ソーニャの母である公爵夫人が微笑みながら言う。

「アレクサンドラ様のご心配はソーニャのこともですがご自分のことでしょう? 殿下は来年皇帝となられます。同時に後宮(ハレム)が開かれ、数多の男性が侍ることになりましょう」

「いや、私はまだ成人もしておらぬし(しるし)――初潮――も来ておらぬ。ゆえに後宮(ハレム)は開かぬのだ。それに……」

「それに?」

 ソーニャと公爵夫人が声を揃えて尋ねる。

 

「皇帝としての正装(軍服)をするつもりなのでな、あまり女として見られることは少なくなるかもしれぬ。皇太后陛下も皇后陛下もささやかなお胸だ、私だけ大きくなることはあるまい」

 

 2人、特に公爵夫人の驚きは強かった。アレクサンドラは夫人の伯母にあたる皇太后陛下の血を受け継ぎ、帝国の血に多い武骨さとは違う、嫋やかで涼やかな佇まいをしている。

 皇太后の実妹である夫人の母も、夫人もその娘のソーニャもその血を引いているのだが、サーシャはもっと人を超えた何かのような魅力がある。

 良くできた人形と言うと語弊があるが、そういう作りものめいた不思議な美しさを持っている。

 

 皇太后とその妹の一族は、元々はこの大陸とは別の海を隔てた地から渡ってきた渡つ国(とつくに)の者だ。 

 その為、見た目はこの大陸のどの国とも系統が違う姿形(つくり)をしている。彼らは大陸の者、帝国の者の血を入れて暮らしていたのだが、皇太后とその妹は先祖がえりのように元々の血が強く出た。

 その皇太后の息子を経てのアレクサンドラことサーシャである。

 帝国人は黒髪黒目だが、サーシャのようにさらりとした絹糸のような髪は珍しい。

 瞳も本当に闇を写し取ったような漆黒。肌の色は白く、目元はやや切れ長で涼やか。まだ幼いのに冷徹冷血冷酷のような血の通わなさを形容する言葉が似合ってしまう。

 

 当のアレクサンドラを近くで知る者からすれば、年相応でお喋り好きの普通の高位貴族の娘なのだが。

 とにかくこれから娘時代に入る次期皇帝、その座に就いた時にはどのように美しい衣装やドレスで飾り立て、後宮(ハレム)女主(おんなあるじ)として相応しい装いをすることだろうと胸躍らせていた公爵夫人たちである。

 

 皇帝となると軍服のみ(・・)で過ごすと言うことだ。同年代の少年より上背のある彼女に軍服は似合うだろう、それはそれは似合うだろう、だが違うのだ。

 ソーニャも公爵夫人も着飾ったアレクサンドラを見たかったのだ。見たかったどころか一緒にドレスや衣装を選んだり、飾りを選んだりしたかった――それは本来侍女たちの仕事だ――と遠い目をした。

 ちなみにそれもサーシャの兄のルキが引き受けてしまって誰にも口を出させないのだがそれはまた別の話。

 

 サーシャからすれば男装するつもりではない。

 

 だが、名前もアレクサンドラからアレクサンドルと男名に変えるため、性別を勘違いする者は出てくるだろう。

 しかもサーシャはまだ10歳である。本当は男だが女として育てられてきたと思うかもしれない。

 

 自分で決めたこととはいえ、これからの面倒事を考えると憂鬱なサーシャは、目の前でウキウキしているニエムを見て余計憂鬱さが増し、溜息をこぼした。

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