表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/68

ヘリング(2

※薬関連「も」創作です。

 ヘリングは28年前、フィリア王都の外れにある視覚的にも作られた理由としても薄暗い城壁の外の一角で生まれた。

 彼の両親は、戦を逃れてフィリア王国に逃げてきた他国の難民だった。

 フィリア王国に勝手に住み着いている形だ。

 そしてそこはヘリング一家だけではなく、難民の溜まり場となっている。

 

 ここら一帯を仕切る破落戸(ならずもの)の集団が受け皿として一角を不法に開放し管理していたからだ。

 破落戸たちは難民を受け入れるが、犯罪紛いの良くない仕事や娼館を斡旋し彼らの少ない賃金を世話賃として奪っている。――生かさず殺さず、これが破落戸のやり方だ。

 

 ヘリングの両親は、生国では薬品の研究をするための薬草を研究所に卸す仕事をしていた。

 薬草に非常に詳しく、研究員とも懇意にしていたので薬学的な知識は彼らからの受け売りで多少あった。ささいな切っ掛けから、知った破落戸共が目を付けて、いわゆる媚薬という名の麻薬を作る仕事に回されてしまった。

 

 両親としては命が大事だ。だから国を捨てて逃げてきた。ここで綺麗事を言ってどうなる、と諦めた。

 薬草を卸していた、他人の命を救うための研究をしている人たちの考えに触れて自分たちも同じだと思っていた。

 ――だけど。だけど今は違う。そうしなければ酷い目に遭う。自分達は彼ら(破落戸たち)にとって『有益』であれば酷い目に遭わない。

 そうして綺麗に生きるのを諦めた。だが責められない。ヘリングだってそうする。見ず知らずの誰かのために尊厳や命を捨てられはしない。

 

 そして破落戸たちは娼館から『使い物にならなくなった』者を実験材料だと連れてくる。そうやって媚薬は出来上がっていった。『フィリアの涙』という名で売られ、よく売れた。

 両親が作らされた媚薬は麻薬だ。媚薬なんて物はないのだ。麻薬による幻覚成分や興奮作用でそういう(・・・・)気分が昂り、快感を得やすいだけの麻薬でしかない。

 麻薬には常習性がある。媚薬を使いたがる層は常習性など気にしない。

 

 こうして搾取される難民の中でも、ヘリングの両親はまだ人並みの暮らしを受けることが出来ていたのだ。

 

 だがヘリングが生まれて数年後、『フィリアの涙』は取締られることとなる。ヘリングの両親を監視し、手伝っていた破落戸たちの一部が見様見真似で粗悪品を作り始めたせいだ。

 

『フィリアの涙』は常習性のある麻薬だが、金持ちを標的にしているため常習性はあっても、生活に支障をきたし過ぎない(・・・・)ように配合し計算されて作られている。

 夜会などで落としたい異性に一度盛った程度であればまだしも、夜に毎回相手に刺激剤として使用したり、娼館で常用させた場合は成分は抜けず、一生『フィリアの涙』に依存していく事になるだろう。

 

 だが粗悪品は違う。値段も格段に安いために一気に庶民向けの娼館から庶民や彼らに近い王宮勤めの者へと侵食し問題となる。取締は厳しく、粗悪品を売っていた者たちはあっという間に捕縛され、その身体は城外の広場で石打ちの刑――住民たちから石を死ぬまで投げられ死体は見せしめで晒される――にされた。

 

 震えたのはヘリングの両親だった。破落戸たちの中でも仲間割れは起きていたが、粗悪品を作っていた者たちを夜警団に売って処刑へ導いたのはヘリングの両親だからだ。

 そこから調べられれば、『フィリアの涙』は自分たちの手によるものとバレてしまう。そうでなくとも破落戸の誰かが何かで捕まれば自分たちの存在は口にされる畏れがある。両親が薄暗い家の中で、毎日怯えて暮らしていたことはヘリングの記憶にもうっすら残っている。

 

 その頃には麻薬作成による蓄えも多少出来ていたため、一家は王都からの夜逃げを断行した。

 

 一家の当て()ない旅が始まる。とにかく王都から遠く離れなければと両親は乗り合い馬車を乗り継ぎ乗り継ぎ、時々日雇いの仕事をし、いくつもの町を季節を過ぎた。

 そうして手持ちの金も尽きようとした頃、小さな町で落ち着くことになる。

 

 ヘリングは旅の合間合間に両親から食用草、薬草と毒草を見分ける手ほどきを受けていた。ただし、その知識は自分の中で止め、ひけらかしてはならないとも。

 聞き分けの出来る年齢になっていたヘリングは素直に受け止めた。

 

 そして辿り着いた町での生活は、ヘリングのこれまでの暗い色を吹き飛ばすほど毎日が楽しいものだった。

 ここに来るまでは、どんよりとした雨の降る日の空や空気のよう。どこか仄暗く灰色で湿っぽく(かび)っぽいものが、突然晴れて青空が見え、すっきりとした緑の中にいるように感じられる。

 

 慎ましくも和やかに暮らしていたこの時ヘリングは10歳。同世代の子供たちとも仲良くなる。

 もしかするとヘリングにとって、この時期が彼の人生における一番穏やかに過ごせた時だったのかもしれない。

 

 ある日、皆であそんでいるとお尋ね者の噂を持ってきた子供がいた。

 その子供の話によると、王都で毒をばらまいた不届き者がいた。その者らは捕まり処刑されたが、肝心の毒を作るのに長けた者には逃げられたのだと言う。そこでそれを捕まえたものには賞金を与えるとお尋ね者のお触れが出たと言う。

 皆でそのお尋ね者である犯人はどのような悪者であるとか、見つけたらどのくらい賞金を貰えて、何にどのように使うか等々盛り上がった。

 

 小さな町でも犯罪が起きないわけではないが、そこそこ平和な町だ。

 毒を撒いて多数の命を奪うという話題は中々に刺激的な話だった。

 それでヘリングは帰ってから両親にその話をした。聞いた両親は真っ青になった。まるで死刑宣告を受けたかのようなただならぬ様子に、ヘリングは子供心にまさかと感じたが問い質せなかった。

 

 その晩、両親は長く話していた。普段なら寝室に下がる時間だろうにまだ居間にいた。

 ヘリングはおかしな雰囲気を感じ取っていて寝付けなかった。かといって両親にこの不安を訴えることもできず悶々としていたのだが、とうとう寝てしまっていた。

 目が覚めれば外は明るい。昨日のあれは夢だったのかもしれない、と彼が居間へ行く。

 

 それは違和感。

 

 普段ならもう両親は仕事に行くために起きて動いている。太陽の位置的にももう2人はここにいなければ(・・・・・)いけない。

 そこに何の存在もない気がして、彼は心もとない気持ちになる。両親の痕跡が感じられない。慌てて両親の寝室に駆け込むと、そこには誰もいなかった。

 

 一通の手紙だけが綺麗に整えられたベッドに残されている。

 

 ヘリングに宛てられて書かれたものだ。多くの庶民に文字は読めないが、彼は両親から読み書きは仕込まれていた。彼の将来、搾取されるだけの人生にならぬようにとあえて公用語を。

 

 ヘリングは泣きながら手紙を開けて読んだ。

 彼の心はいつもと変わらぬ朝の風景と裏腹に嵐が渦巻いている。置いていかれた、自分のせいだ、言わなければ良かった、父さんと母さんは毒を撒いて人を殺したの? なんで連れていってくれなかったの――様々な想いがぐるぐると駆け巡りながらも、目は文字を追う。

 

 そこにはヘリングへの謝罪、簡単な事情説明、両親はおそらく捕まるであろうこと、ヘリングの未来を犯罪者の子供にしたくないことがつらつらと書き連ねてあった。

 年齢のわりに賢いと町でも褒められることの多かったヘリングは全てをとりあえず理解はした。納得はできていない。

 だが、このままでは自分の将来も危うい。両親と共にいることも、この町にいることも厳しくなってしまった。手紙には目的地への旅費も同封されていた。

 手紙と旅費から両親の愛情が分かる。お金の余裕などなかったのに、子供1人の旅費としては多い額だ。泣くのをやめて、用意せねばならない。

 

 ヘリングは自分の荷物をまとめ手紙を懐に大事にしまう。

 まずは大家である隣家の男の元へ行き、父母が急に遠い実家へ戻らねばならなくなり旅立ったと話した。

 そして、家賃代わりに残っている荷物は全て譲ること、ヘリングは親戚の家に引き取られることを説明した。

 突然の夜逃げではなく、子供とはいえヘリングが事情を説明した上荷物も殆ど残っているということで大家は大変だな、しっかりやれよと言葉をくれる。

 親が子を親類に預けたり奉公に出したりする、このようなことはよくある話だから。急なのも実家へと言ったことで訃報があったとか、お金の問題であろうとか勝手に理由を他人は作ってくれる。

 

 ヘリングはそのまま乗り合い馬車に乗り込む。

 後ろ髪引かれる思いになるのは、ここが楽しかったからなのか友人ができたのに別れも言えなかったからか。

 もしかすると勘の良い者はヘリングたちがお尋ね者なのだと気付くかもしれない。だが両親はこの町を出た。ここで捕まれば子供のヘリングもただでは済まない。だが彼は親と関係のない場所で生きるように言われた。

 

 ――親に捨てられたのではない。自分が捨てたのでもない。お互いの幸せのために離れただけだ。

 

 ヘリングは涙を滲ませながら、町が小さくなるのを窓から眺めていた。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ