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ハレムの主(3

※引き続き同性愛表現があります。

 後宮(ハレム)は咲き乱れる()の園。

 

 女は、庭園で咲いて見る者の目を楽しませ、時に手折られる花と同じ。

 同じ庭園に植わっていても、日陰であったり、忘れ去られた場所にいて水を貰えなければ枯れてしまう。

 時には花同士で毒を盛り合ったり、絶望して自ら枯れていったり、長い庭園(ハレム)の歴史裏には悲劇も多くある。

 

 ここ数代の皇帝は帝国が落ち着いている事もあり、後宮(ハレム)にて側室を増やすことに難色を示した。

 侵略して国土を拡げてきた帝国には敵が多い。怨みを持った者達を黙らせるため、その妻なり娘なり姉妹を人質とし、数多の美姫を囲いその富を諸国に見せつける意味も後宮(ハレム)にはあるのだ。だが大陸の半分を支配し、属国を含めるとほぼ掌中に収めた現在においてはさほど人質制度には意味がない。

 

 現在表立って抑えねばならない国はなく、むしろ堂々と敵対するような国は人質にした女を真っ先に切り捨てるか、逆に帝国を内部から瓦解させるための工作員(スパイ)として送り込むほうが可能性として高い。

 

 そうでなくとも、側室を迎えれば一度は手を付けねばならない。そうなれば一生面倒を見る義務が生じる。仮に下賜するとなれば、嫁ぐための面倒から一切合財は国庫から。

 側室に子ができたなら、子供の婚姻相手を決めるまでずっと何もかも世話して行くのも国庫から。

 

 そのためいくら帝国とは言っても、大昔のように戦で金品を略奪した上での美姫数千人などとてもではない。

 そのため規模はどんどん縮小されていき、サーシャの父親が現役時の側室は30人にも満たない。

 

 女側からすれば、引きこもり生活さえ辛くなければある程度の贅沢が見込めると国内外には人気ですらある。

 どうせ親の決めた相手と婚姻するのがこの世の常、ならばより良い環境を求めるのもまた人の世の常だろう。下手な貴族に嫁ぐより後宮(ハレム)はよほど我が世の春を謳歌できよう。

 

 だがそれは強い野心を抱かず、肌のぬくもりを与えられても心寄せることのない一部の者だけが到達できる境地だ。

 大抵はそうと覚悟して来ても正室を羨み、他の側室に嫉妬し、若い側室が入れば不安になり、皇帝の訪れがない夜は心乱されていく。そんな後宮(ハレム)では宦官との許されざる恋もよくある話だった。

 

 ――道ならぬ恋の話は他にもある。

 

 過去、男嫌いを拗らせた娘を心配した親が側室を薦めた。娘も己の貴族としての責務を考えていたので、受け入れ後宮(ハレム)に上がった。

 だが肝心の皇帝は、丁度他国から上がった側室()に溺れており、娘の報告も受けていたが訪れについてはすっかり忘れていた。

 

 訪れのないことなど全く苦にならない男嫌いの娘は、ある時庭の片隅でさめざめと泣く美しい側室を見つける。

 慰めて話を聞いてやれば、その側室はこれまで皇帝の寵を(ほしいまま)にしていた。だが先日、とうとう畏れていた日がやって来た。他国から若く可愛らしい姫が側室として上がると皇帝はすっかり夢中になり、側室の存在を忘れた。捨て置かれた彼女はひっそりと泣くしかできなかったのだと言う。

 こうして彼女たちは親交を深め、男嫌いの娘はなぜ自分が男嫌いなのか気付いた――無論彼女が偶然そう(・・)だっただけで、この世の男嫌いが全てそう(・・)なのではない。

 

 そうして本来在るべき自分に気付いた娘と、人恋しく肌のぬくもりを知った側室は、お互いを支えに立っていたと言っても良いくらい昼夜問わず共に過ごしていた。皇帝の寵愛は別の側室()のために周囲はそちらにかかりきりで、2人のそれは見過ごされていた。

 

 ところが運命というものは彼女たちを放ってはおいてくれない。

 

 側室は妊娠していた。

 それが知れると共に娘との関係も皇帝の知るところとなり、速やかに2人は離された。

 側室は彼女に依存していたためか、それよりもっと早くにか。心を病んでいた。子を産んだことで身体ももたず、あっけなく天に召されてしまう。

 

『他の側室()を耽溺していた癖に、自分に嫉妬して無理に離したせいで側室(あの方)が壊れた』

 ある晩、戯れなのか何なのか。部屋に訪れた皇帝に娘は不敬にもそう言って食って掛かった。

 

 

       * * * * *

 

 

「――本来ならばそこで首を落とされてもおかしくないのだが彼女は許された。手打ちにされても構わないほど彼女は怒っていたし、そうされたかったのかもしれない」

「……何という……悲しい物語でしょうか。身につまされる部分もあって」

 マルーシャが言葉を選び詰まりながら述べる。その手はバリスと固く繋がれていた。

 

「よくある話であろ? これは女同士だが、男同士でも男女でも、どのように形を変えても通じるものだがな」

「――ですが、それは真実あった話ですわ」

 

 サーシャの言葉尻を拾って、皮肉気な言い方をする女の声が謁見の間に響いた。

「……ナーシャ」

 先皇が泣きそうな顔で、割って入った女の名を呼んだ。

 

「お父様、お元気そうで何より。私をお忘れでなくて良かった」

 ナーシャと呼ばれた女はそう言うと、サーシャの隣に進み出て、ふわりと片膝をつき頭を軽く下げる。手を見せないよう作られた長い袖を頭より上に掲げてその場にいる者に挨拶する。

 

「皇帝陛下の仰せにより、アナスタシア罷り越しましてございます」

「なるほど! そうか! さすがサーシャだ」

 バリスはうんうんと頷いている。

 

「ナーシャ姉上、アレは?」

「……ああ、そこに」

 頭を上げたナーシャがふんわり微笑み顔で示した先には、ピリピリとした雰囲気を持つ女が機嫌の悪い顔で立っていた。

「マルタ、罷り越しましてございます」

 はあああ、と長く大きな溜息を吐いてから、マルタはサーシャの後ろでナーシャと同じように膝をつく。

 

「急に呼び立てて済まぬ。まあ楽に座れ」 

 サーシャがバリスとマルーシャの向かいに席を勧めると、2人とも静かに座った。

 先皇の父親だけそわそわと落ち着かない様子だ。マルタは冷ややかな態度で、ナーシャは微笑みを崩さない。

 マルーシャが2人を気にするので、サーシャが説明する。

 

「マルーシャ、先ほど私がした話なのだがな。若い女に現を抜かしたのはそこの先皇だ。側室の忘れ形見がアナスタシア――ナーシャだ。そこの難しい顔をしておるのが男嫌いのマルタだ」 

 マルーシャは驚いたようで、先皇とマルタを交互におろおろと見ている。

 

「それでだ、マルーシャ。お前は私の後宮(ハレム)で時期を見た後、ナーシャに下賜する。ナーシャは20歳であったか? 少しばかり歳が離れておるが構わぬな」

「……陛下、言葉が足りぬのでは? 事情は何となく把握できましたけれど」

 ナーシャがマルーシャとバリスの様子を見て言う。

 

「……ふむ。ここにおるナーシャとマルタは言わばマルーシャ、お前と同じ立場だ。そして私は後宮(ハレム)で側室を寵愛する気がない。どうだ? 利害の一致だろう? そこで、ナーシャとマルーシャ、マルタと兄上。それぞれ偽装結婚すれば良い。離宮の一つもくれてやろう、そこで4人で暮らすと良い」 

 さらさらと流れる皇帝の言葉に、マルーシャだけが目を白黒していた。

 

「――結局父上の良いようにしかならぬ。マルタは腹立たしいだろうが、どうか私に免じて呑み込んでくれ」

 そう言って若き皇帝はマルタに謝意を述べた。受けたマルタは流石に慌てて言い募る。

「陛下には何も! むしろ私達の行く末を案じて下さってのことと感謝申し上げます」

 

「なに、私の采配は父上の考えておったことと同じだろうよ。だからそこに座って成り行きを見ておられる。よいか、私の後宮(ハレム)は今のところ空だが女子禁制。宦官が引き続き世話をする。お前達は隠しておらぬゆえ関係はほぼ公だが、だからと言ってこのまま城に置いておくわけにはいかぬのだよ」

 

 後宮(ハレム)は皇帝のためだけのものだ。どんな事情があっても、主に見逃されていたとしても、そこが彼女たちを隠す壁となっていても。

 皇帝に侍ることを良しとしない者を置いておくことはできない。

 そしてこれはナーシャとマルタだけの話ではない。自分の願いのためにサーシャの後宮(ハレム)に上がらせようとしているバリスとマルーシャに向けても言っている。

 

「兄上、マルーシャ。運良くナーシャとマルタが居たから良かったものの、後宮(ハレム)に上がるということはどういうことかを確と考えて頂きたい。あなた方は皆見通しが甘すぎる」

 

 後宮(ハレム)の主である現皇帝アレクサンドル・ファン・メイエットは微笑みながらも厳しく伝え、渦中の4名は彼女の温情による沙汰に感謝し平伏したのだった。








読んでくださってありがとうございます。

※同性愛的な話は一応ここまでです。

※バリスとマルーシャ、マルタとナーシャについてなどだいぶ端折ったのでそのうち短編にでもしたいと思います。

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