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9話 死なないで

「いたぞ!こっちだ!」

「回り込んで挟み撃ちにしろ!」

「撃て、撃て!反撃させるな!」


 再び始まった戦闘。


 今度は真正面からの会敵。


 小細工は通じない。


 さて、どうしたものか。

 もう面倒くさいから突撃しようかな。

 さすがにそれは考え無しか。


 でも何も思いつかない。


 というよりこの状況はすでに詰んでいる。

 今更何を考えても無駄だろう。


 なら多少の無茶も許されるか。


「来たな」


 足音が近づいてくる。


 姿を見せない俺にしびれを切らした敵が突撃してきたようだ。


 いいぞ、そのまま殺しに来い。

 全員まとめて道連れにしてやる。


「もう少し・・・」


 逸る心を諫めて待つこと数秒。


 敵が間合いに入る。


 瞬間、俺は飛び出した。


「がはっ!」


 出会いがしらにナイフで喉を突き、その体を盾にしたまま銃を撃つ。


 肉壁に守られながら三人は仕留められたが、すぐに回り込まれて両脇から射線を通されてしまう。


 だが撃たれる寸前、俺は回り込んできた一方の敵に蜂の巣になった死体を突き飛ばすと、身軽になった体でもう一方の敵に躍りかかった。


「こいつ!」

「早く止めろ!」

「殺せ!」


 俺の猛攻に怯んだ敵がみっともなく喚く。


 もしこいつらが手練れだったのなら、こんな戦い方は通じなかっただろう。

 そもそも最初の戦闘で殺されていたに違いない。


 だがこいつらはどう取り繕っても精鋭なんかじゃなかった。


 こいつらはいつも俺たちを遠くの方から一方的に蹂躙していただけ。

 本当の意味で“殺し合い”をしたことなんてありはしない。


 だからいざ目の前に殺意を持った敵が現れると、足がすくむ。


 ほら見てみろ。


 至近距離で戦っているというのに、照準が俺に追いついていない。

 少し距離が離れた敵も、混戦状態での味方への誤射が怖くて引き金が引けていない。


 まったくもって弱すぎる。


 だが安心するといい。


 いくらお前らが弱くても、この戦いはそのうち終わる。


 それまで何人死ぬかは知らないが、いつかは俺が負ける。


 お前らはその時が来るまで、せいぜい一人でも多く生き残れるよう、早く俺を仕留めることだ。


「またダメか」


 結局この部隊も俺を殺す前に全滅。

 期待外れだ。


 でも大丈夫。

 すぐ次が来る。


 俺を殺す死神候補が尽きることはない。


 それにこちらもさすがに限界だ。


 持ってきた弾は残り3発。

 ナイフもすでにボロボロ。


 おそらく次の戦闘は越えられないだろう。


「・・・」


 少しだけ、手が震える。


 恐怖からではない。

 これは歓喜だ。


 俺はずっとこの時を待っていた。


 必死で考えて、必死で戦って。

 あらゆる手を使って、時には犠牲を払って。


 足掻いて、足掻いて、足掻きぬいて。


 やっとたどり着いたこの死地。


 もはや思い残すことはない。

 いや、そもそもそんなもの最初からなかった。


 意味もなく戦い続けて、意味もなく死んでいく。


 まったくもって“死にたがり”に相応しい死に方だ。


「ああ、いい気分だ」


 たまらず俺は走り出す。


 早く戦いたくて。

 早く死にたくて。


 あと数歩で、手が届く。


 悪夢が終わる。


 これでやっと・・・。



「死なないで」



 突然、誰かの声が頭に響いた。


 遠い記憶。

 思い出したくない過去。


 激しい頭痛を伴う走馬灯に、俺は図らずも足を止めてしまった。


 そして、それがいけなかった。


「なっ!」


 目の前で、爆発が起きた。


 爆心地は、俺が足を止めなければ今まさに通っていたであろう場所。


 そこに砲弾が直撃していたのだ。


 凄まじい破壊力により着弾地点では地面がえぐれ、塹壕が崩壊している。


「そんな・・・」


 今足を止めていなければ、俺は死ねていた。


 ほんの僅かな差。

 あと少しの距離で死に手が届いていた。


 それなのに、俺はその機を逃したのだ。


「くっ・・・」


 だが慌てることはない。

 この程度で結末は変わらない。


 落ち着いて次の機会を窺えばいいのだ。


 そう思って俺は必死に感情を押さえつける。


 しかしそんな俺を嘲笑うかのように、今度は戦場にけたたましい笛の音が鳴り響いた。


「は?」


 なんで“撤退”の合図が出ている?


 今はまだ正午だ。

 いつも笛が鳴るのは夕方日が沈んでからのはず。


 このタイミングで笛が鳴るなどあり得ない。


「何が起こった・・・」


 状況が分からない。


 いや、というか原因が何であれこれは非常にまずい。


 ここまで俺が拠り所としてきた前提が、この合図のせいで今まさに崩れた。


 もともとこんな特攻を仕掛けられているのは、そこに確かな正当性があったからだ。


 俺たちはすでに死ぬことを命じられている。

 だからどんな自殺行為も、それが戦果に結び付くのなら許されていた。


 しかしここにきて命令が撤退に切り替わったというのなら、もはやこのやり方に筋は通らない。


 今俺は死ぬためではなく、生き残るために戦う必要があった。


「くそっ!」


 思わず悪態がこぼれる。


 運命を呪うとはまさにこのこと。


 ついさっきまでほとんど死が確定していたのに、ほんの些細なズレからすべてをひっくり返されてしまった。


 だがどれほど悔しくても、道理は曲げられない。

 生き残る術があるのなら、俺はそれを追い求めなければならない。


「ちくしょう!」


 俺はおかしくなりそうな頭をどうにか抑えつけ、全速力で走り始めた。


 これまで辿ってきた道を引き返すように、敵に背を向けて。


 ああ、願わくば、誰か逃げる俺の背中を撃ってくれ。


 それだけが唯一俺を救える方法なのだから。


 誰か、頼むよ。


 誰か、早く俺を殺してくれ。


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とろりんちょ @tororincho_mono

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