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8話 特攻

 これまで死にそうになったことは何度もある。


 焼け落ちる故郷から逃げだしたあの時も。

 絶望的な撤退戦で殿を務めたあの時も。


 いつだって命がけで、死に物狂いで、希望なんてあるわけもなくて。


 だから本来なら、俺は普通に死ねるはずだったんだ。


 そのはずだったのに、なぜか未だに生き残ってしまっている。


 いったい何度死ねると期待して、その度に裏切られてきたことだろう。


 だが今回ばかりは話が違う。


 もはや逃れようもなく、結末は約束されていた。


「全軍突撃ーーー!!!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 少し離れたところから届いた准尉の声に呼応するように、仲間の雄叫びがあちこちで上がる。


 ずいぶんと数を減らしたその悲鳴は、もはや敵に対する威嚇にすらなっていない。

 それでも声を枯らして叫ぶのは、ひとえに己を奮い立たせるため。


 もはやこの戦場で、俺たちが生き残る道理はない。

 確実に全滅することになるだろう。


 それがわかっていてもなお前進するためには、もう己を騙す以外に方法はない。


 たとえそれがどれだけ無意味であっても、みっともなくても、彼らにはそうする他なかったのである。


 だが俺は、そんな彼らを惨めだとは思わない。


 こんな絶望的な状況であっても、最後まで屈することなく前に進めたのなら、それは誇るべきことだ。


 少なくとも俺みたいに無様に生き続けるよりは、よっぽど意味がある。


「ふぅ」


 がむしゃらに前進し続けることしばらく。


 かろうじて原形をとどめていた塹壕に体を滑り込ませると、俺は呼吸を整える。


 敵が近い。


 本来ならあり得ない間合いに俺は今身を投じていた。


 ここまで距離を詰められたのは、ひとえに敵が油断しているおかげ。


 この数日間、あの新兵器のせいでひたすら蹂躙されていた俺たちを見て、調子に乗った敵が自陣奥深くまで攻め込んできている。


 これはチャンスだ。

 あのクソったれな砲台をぶち壊すまたとない好機。


 ならそれを使わない手はない。


 どうせ死ぬなら、最後は敵に嫌がらせの一つでもしておこうじゃないか。


「さて」


 もう一度だけ呼吸をして、覚悟を決める。


 そして次の瞬間、俺は塹壕から飛び出した。


 ここからは時間との勝負。


 敵はこんな突撃予期していない。

 咄嗟に反応なんてできやしない。


 だからその隙をつく。


 敵の意識が俺に集まるまでにかかるほんの数秒間、その間にこの距離を殺しきればいいのだ。


 まっすぐ、一直線に、敵陣めがけて駆け抜けろ。

 飛び交う弾丸なんて気にするな。


 もはや命運は尽きた。

 あとはどれだけ敵を道連れにできるかだけ。


 これより先は、ただ一発の弾丸であればいい。


「なんだ!?」


 塹壕から砲台と一緒に顔を出した兵士が、いきなり突っ込んできた俺の姿を見て声を上げる。


 だが気づくのが少し遅い。


 もうこっちはお前らの懐まで潜り込んだぞ。


「死ね」


 スピードは落とさないまま腰から拳銃を引き抜くと、発砲。


 放たれた弾丸は寸分違わず間抜けな兵士の眉間に吸い込まれていく。


「まずは1人」


 そう呟くと同時に、俺は敵が潜む塹壕へと飛び込んだ。


 着地のついでに敵兵の顔面を踏みつぶしつつ、近くにいた兵士に発砲。


「これで3人」


 これまでの戦闘で、こいつらが1小隊8人編成で動いているのはわかっている。


 この場にいるのは残り5人。


 接敵してからはまだ5秒。


 奴らの意識が反撃に転ずるにはもう少し時間がかかる。


「いいカモだな」


 残弾4発もすべて撃ち尽くす。

 もちろん1発だって外しはしない。


 そして残り1人。


「貴様!」


 敵がようやく銃を構える。


 ずいぶんと悠長なことだ。


 俺は一瞬で距離を詰めると、ナイフを抜きざまその首を掻き切った。


 血しぶきが上がり、敵の体がゆっくりと崩れ落ちていく。


 これで全滅。

 思ったより簡単だ。


 俺は最後の仕上げとばかりに手榴弾のピンを抜くと、打ち捨てられた砲台にそれを投げ入れる。


 数秒後、心地よい爆発音とともに憎き新兵器が木っ端微塵になった。


「ざまあみろ」


 ようやく一矢報いたことに満足しながら、俺は次なる獲物を求めて移動を開始した。


 拳銃に弾を込めなおし、ナイフの血を払う。


 もう少ししたらさっきの爆発に釣られてここに敵兵が集まってくるだろう。


 今度はそれを待ち伏せすればいい。


 ほら、さっそく塹壕の曲がり角から人影が現れた。


「死ね」


 すかさず引き金を引く。


 ご丁寧に順番に出てくるもんだから、処理するのは楽だった。


 さすがに4人やられたところで不用意に飛び出してくることはなくなったが、動きが止まればこちらのもの。


 敵が顔を出す前に一気に距離を詰め、そのまま曲がり角へと突っ込む。


 そうすれば再びナイフの間合いだ。


「死ね」


 残っていた敵を残弾とナイフで殲滅する。


 そして最後に砲台に手榴弾を放り込めば一丁上がりだ。


「次」


 あと何度これを繰り返せるだろうか。


 そろそろ敵も俺を本格的に殺しに来るはず。


 もし挟み撃ちにあえばそこで終わり。

 まともに撃ち合っても敗北は必須。


 俺が生き残るためには奇襲を仕掛け続けるしかない。


 だが当然そんなことは無理だ。


 もう居場所はバレている。

 敵の油断も消えた。


 やれてあと1、2小隊といったところだろうか。


 そして限界がくれば、あとは死ぬだけ。


 そう思えば、自然と足取りも軽くなる。


 俺はただ一人、敵陣のど真ん中で口元を歪めながら進軍を続けた。


 この先に、終わりがあることを信じて。


感想・評価いただけると作者が喜びます。


とろりんちょ @tororincho_mono

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