7話 八方塞がり
煌々とした明かりが夜空を照らす。
固く閉ざされた砦の門の前で、巨大なかがり火が焚かれていた。
そこに今日死んだ者たちが次々と投げ込まれていく。
周りでは生き残った者たちが祈りを捧げていた。
俺は見慣れたその光景を、ただ茫然と眺めている。
「ノーデンス、ここにいたのか」
後ろから声をかけられた。
振り返れば見知った顔が立っている。
俺はすぐに視線を逸らすとぶっきらぼうに口を開いた。
「なんか用か、准尉。俺は今機嫌が悪いぞ」
「まったく、相変わらず礼儀を知らねえガキだな。一応俺は上官だぞ」
こいつはバラクマー准尉。
この部隊をまとめている現場指揮官だ。
それなりに付き合いが長いせいで、こうして暇を見つけては俺に絡んでくる。
正直鬱陶しいことこの上ない。
「で、用件は?」
「伝えたいことがあったんだが・・・、お前何かあったのか?」
「何が?」
「目が死んでるぞ」
「別に。いつも通りだ」
今日もいつも通り走って、戦って、傷ついて。
そしていつも通り、戦友が死んだだけだ。
特別なことなど何もなかった。
「あのな、ノーデンス。何かあったときは・・・」
「しつけえな。何もねえよ。それより用事があんだろ?さっさと言えよ」
今は無駄話に付き合うような気分じゃない。
そう思って視線だけで准尉を促すと、彼は観念したかのように肩をすくめる。
「へいへい、わかったよ。人がせっかく気を使ってやったというのに」
「・・・」
「言いたいことは一つだけだ。聞いて驚けよ?」
もったいぶった物言いをする准尉は、最後に思いっきり不機嫌そうな表情を浮かべて続く言葉を吐き出した。
「“明日はいつも通り出撃。敵前逃亡は処分対象とする”」
その言葉を聞いた瞬間、おおよその察しがついた俺は准尉と同じような表情になる。
「・・・本陣からの命令か?」
「頭おかしいだろ?」
「そうだな」
口ではそう言いつつも、なんとなく納得している自分がいた。
魔無しの兵士を砦で戦わせたところで射程が足りないのだから戦力にはならない。
無駄飯食らいを増やすくらいなら前線で囮でもやらせた方がマシだという判断なのだろう。
最悪全滅したところで奴らは何とも思わない。
そういう連中だ。
「で、どうするつもりなんだ?」
「どうすればいいんだろうなあ・・・」
「逃げれば?」
「どこに?前方は敵、後方は撤退を許さない味方、そして左右は険しい山だ。いったい俺たちはどこに逃げればいいんだよ」
「さあ?逃げるつもりがないから興味ねえな」
「お前なあ・・・」
素っ気なく答える俺に准尉が眉をしかめる。
しかしそんな顔をしてもダメだ。
俺の願いを知らないお前じゃなあるまい。
それにこの状況はすでに詰んでいる。
本陣は間接的にであれ、俺たちに死ねと命じた。
その時点で我らが部隊の命運は決したのだ。
そして同時にそれは、俺の死を意味するということ。
足掻いて、足掻いて、足掻き尽くして。
それでもなお死なざるを得ないこの状況。
自ら死を選ぶことを許されなかった“死にたがり”にとっては、またとない好機だ。
お前らは死に怯え、生き残るために戦い続ければいい。
別に逃げてもらっても構わない。
俺はただ死を渇望し、そして死ぬために戦い続けるだけだ。
「俺は最後までここに残って戦う。俺から言えることはそれだけだ」
「・・・はああ、頑固者め。まあでも結局、俺たちも同じなのかなあ」
なかば諦めたような表情で空を仰ぐ准尉の声は、虚空へ儚く消えていく。
俺はそれに言葉は返さず、彼と同じように空を見上げた。
そこには星一つ見当たらず、ただ暗闇が広がっているだけだった。
―――――
そして再び戦端は開かれた。
最初の2日で3割が死んだ。
5日が経つ頃には7割の兵士が死んだ。
残念なことに、俺はまだ生き残っている。
でも大丈夫。
もう少しの辛抱だ。
きっともうすぐ、俺は死ぬことだろう。
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とろりんちょ @tororincho_mono