6話 消える命
「・・・ノーデンス、もういい、ここまでだ」
今にも消え入りそうな声で、ニックはそう呟いた。
まるですべてを悟ったかのように発せられたその声のせいで、俺は無意識に足を止めてしまう。
しかしすぐに邪念を振り払うと、努めて明るく返事をして再び歩き始めた。
「何言ってやがる。もうすぐ衛生兵のところだ。頑張れ」
「・・・いや、もう無理だ」
「そんなことねえ!さっき仲間助けようとしてた時の威勢はどうした!」
必死になって彼の言葉を否定する。
ここで諦めるわけにはいかない。
「お前いつも言ってたじゃねえか。生きて家族のところに帰るんだろ?だったらこんなところで死んでる場合か!」
「・・・ああ、そうだな、そうだとも。俺は娘を守るために、この戦争に参加したんだ・・・」
「だったら・・・」
「・・・ノーデンス、俺は娘を守れたかな?少しは役に立てたかな?」
「まだ戦争は終わってねえよ。娘を守りたいなら最後まで戦え」
「ははっ、手厳しいねえ・・・」
少しずつ声が小さくなっていく。
ニックは弱っていく一方だ。
もはや一刻の猶予もない。
だと言うのに、目的地はあまりに遠かった。
「なあ、ノーデンス」
「なんだ?」
ニックに呼ばれ、顔を少し肩に向ける。
もはやぐったりとして動けない彼は、それでも俺に向って言葉を発した。
「お前はいつも死にたい死にたい言ってたけどよ、結局生き残っちまうんだな」
「急に何の話だよ」
「いや、不思議に思ってさ。だってそうだろ?普通ここでは死ぬのが当たり前なんだぜ?生き残りたいのに死んじまう奴ばかりだ。それなのに死にたい奴が死ねないなんて変な話だと思わないか?」
「・・・」
本当に、まったくもってその通りだ。
これが逆の立場だったらどれだけよかっただろう。
しかし現実はそううまくいかない。
これまで誰も俺を殺してはくれなかった。
「でもよ」
誰に向ければいいのかもわからない怒りが胸を満たす中、それでもニックは優しく俺に向って話しかけてきた。
「きっとそれには意味があるんだろうぜ。言うなれば運命ってやつかな」
「運命?」
「ああ、たぶんお前にはまだやらなくちゃいけないことが残ってるのさ。それを成し遂げるまでは、神様が守ってくれてるわけだ」
「なんだそれ、ありがた迷惑な話だな」
「そう言うなよ。きっとそれは喜ばしいことなんだぜ。少なくとも、こんなところでボロ雑巾みたいに死んでいくよりは何倍もマシだ・・・」
「・・・」
もはや俺は言葉を返せない。
どこかで気づいていた。
こうなることぐらい。
俺がいったい何人の死を見届けてきたと思っている。
今回も同じさ。
また死んでいく、いつものように。
「すまない・・・」
意味のない言葉が口から零れる。
彼を助けられないという現実が、俺の心を締め上げ始めていた。
「別にお前が謝ることじゃないさ・・・。まあ、なんだ、頑張れよ・・・」
ニックは俺にそう告げた。
もはや息も絶え絶えだと言うのに、彼は必死で言葉を残そうと声を出す。
「・・・ああ、俺の戦いに意味はあったのか?この死に意味はあったのか?」
もう意識が朦朧としてきたのかもしれない。
その言葉が誰に向けられたものかもわからない。
だけど、それでも俺はその言葉を黙って聞いていた。
「・・・せめて最後に、もう一度、あの子に会いたかった・・・」
それが彼の最期の言葉となる。
わずかに聞こえていた呼吸の音は止まり、命の灯が消えた。
そして俺の足も止まった。
残されたのは、いつも通り死ねなかった自分と、とっくの昔に死んでしまった心だけ。
「ああ・・・、またか・・・」
いつまで続くのだろうか、この地獄は。
降り続く雨の中、もう冷たくなってしまった体を抱えたまま、俺はいつものようにこう願う。
「誰か、早く俺を殺してくれ」
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とろりんちょ @tororincho_mono