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5話 届かない手

 予想外の衝撃に、一瞬意識が途切れる。


 それはあまりに劇的で、身構えることすら許されず、呆気なく俺たちを蹴散らした。


 吹き飛ばされ、無様に体を地面に叩きつけられたところでようやく頭が状況を理解する。


 砲撃を食らったのだ。


「くっ!」


 遅れてやってきた全身を走る痛みに悶えながら周りに視線を向ければ、一緒にいたニックや負傷兵が視界に映る。


 負傷兵は完全に沈黙し、周囲に血だまりを広げていた。

 一方ニックは意識があるらしく、うめき声をあげている。


「・・・」


 目の前の惨状が、俺に判断を迫っていた。


 それはとても残酷で、非情なもの。


 だが迷っている暇もない。


 俺は凍てついていく心に蓋をして、決断を下す。


 そして痛む体を無理やり起き上がらせると、一直線にニックのもとまで駆けつけた。


「ニック、大丈夫か?」

「痛てて・・・、なんとか無事だ。それよりあいつは?」

「あいつはもうダメだ。ここで見捨てる」

「・・・は?」


 俺の発言が理解できなかったのか、ニックが呆けた声を出す。


 しかし次の瞬間にはその瞳が怒気に染まった。


「てめえ何言ってやがる!仲間を見捨てるつもりか!?」

「あいつはもう助からない。お前もその腕と足、折れてるだろ。これ以上の救助は無理だ」

「うるせえ!こんな怪我大した事ねえ!馬鹿なこと言ってないでさっさと助けるぞ!」

「ニック」


 努めて冷静に、彼の名を呼ぶ。


 もうあの怪我では助からない。

 助からない命に別の命は賭けられない。


 これ以上撤退に時間をかければ、それこそ全滅だ。


 だからこの決断は変えられない。


「もう一度言う。あいつはここで見捨てる。俺たち二人で撤退する」

「ふざけんな!」

「ニック・・・」

「もういい、逃げたきゃ勝手に逃げろ。俺は仲間を見捨てない」

「ニック!」


 必死に呼びかけるも彼は止まらない。


 折れた腕をだらんと下げたまま、足を引きずって負傷兵へと近づいていく。


 俺はそれを引き留めようと腕を伸ばした。



 だがその手が届くよりも早く、無情な攻撃が彼の体を貫いた。



「あ・・・」


 目の前で上がった血しぶきに、間抜けな声を漏れる。


 思考が止まり、次に聞こえたのは何かがひび割れる音。


 遠くなっていく世界の中で、俺は叫んでいた。


「ニック!」


 止まる思考とは裏腹に、体が反射的に動く。


 俺は次の攻撃を予期して、ニックの体を押し倒していた。


「くっ!」


 どこから撃たれたのかわからない。

 だがここにいたらまた攻撃されるのは明白だ。


 早く離脱しないと。


「痛ぇ・・・」


 幸いなことに意識はあるようだ。


 だが苦しそうに喘ぐその姿はとても歩けるような状態じゃない。


 ならばと俺は自分の荷物を放り捨て、代わりにニックを背中に背負った。


「行くぞ」

「待て、あいつは・・・」

「・・・もう死んでる」

「え・・・」


 自分でもぞっとするような声が出た。


 戦場で人が死ぬのは当たり前のことだ。

 そんなものにいちいち動揺していてはやっていけない。


 だからこれでいい。

 救える命に集中しろ。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、足を前へと運ぶ。


「あと少しだ。お前は死ぬなよ」

「ああ・・・」


 すぐ傍から返ってくる返事はか細い。


 視線を横に向ければ、青い顔をしたニックが弱々しい呼吸を繰り返している。


 思ったより出血がひどそうだ。


 止血ができればいいのだが、飛び交う銃弾が足を止めることを許してくれない。


「くそっ!」


 止めようとした感情に逆らって、悪態が口から零れる。


 そんな俺を嘲笑うかのように、今度は非情な雨が降り始めた。


 冷たい雫が頬を伝い、ぬかるんだ地面が足を捕える。


 ただでさえ絶望的な状況がさらに悪化していく。


「ちくしょう・・・」


 それでも俺は前へと進む。


 ここで諦めることなど許されてはいない。

 俺に許されていることは、ただ抗うことだけ。


 それが死にたがりが見せられる、せめてもの生き様だった。


 だが所詮そんな決意も、この残酷な現実の前では無意味に帰する。


「・・・もういい」


 はっきりと聞こえたその一言が、ついに俺の足を止めるのだった。


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とろりんちょ @tororincho_mono

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