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44話 最後の契約

「なら行きましょう。私とあなたで、この国を救いましょう。きっとそれがあなたの探し求めた意味になる」


 平然と、彼女は馬鹿げた夢想を語る。


 その目に迷いはなく、まっすぐ俺を見つめていた。


 結論から言えば、不可能だ。


 深く考えるまでもない。

 誰の目にも明らかで、変えようのない事実がそこにはある。


 もう王国は滅びの運命から逃れられない。


 だが彼女だけはその運命を否定する。


 それは無垢ゆえの傲慢か。


 何にしても救いようのない愚かさである。


 だけど、それ以上の愚か者がここにいた。


 本当に嫌になる。


 でもそろそろ認めなくてはならない。


 別に勝算とか、合理性とか、本当はそんなこと最初からどうだっていいのだ。


 大切なのは、まだ叶えたい願いがあるかどうかだけ。

 ただそれだけなのである。


 そして条件は満たしている。


 ならば答えも決まっていた。


「策はあるんですか?」

「これから考えます」

「たぶん勝ち目なんてないですよ」

「やってみなければわかりません」

「ロクな死に方はしないでしょうね」

「もともと死に方は選べないものです」

「きっと地獄を見る」

「覚悟の上です」

「・・・きっと死にたくなる」

「その時はあなたが私を止めなさい」


 一つ一つ、バラバラになった部品を組み立てていくように、問答を繰り返す。


 すぐにはすべての整理がつかない。

 だから今は最低限でいい。


 最低限、立ち上がれるようになれればいい。


「背負えますか、あなたに」

「何をです?」

「これまで戦場で散っていた命、これから踏みにじられる命。叶えられなかった願い、零れ落ちていく願い。そういうもの全部、あなたも背負ってくれるんですか?」

「・・・ええ、背負いましょう。これまであなたが持ってきてくれたものも、これからあなたが持っていくものも全部、私が一緒に背負います」


 ここで死ねたらどんなに幸せだろうか。

 もっと早くに死ねていたのならどんなに幸せだっただろうか。


 きっと報われない。

 救いはない。


 今も心は黒く染まったまま。


「これが最後でいいんですね?」

「何がです?」

「あなたが失敗したら、俺は死んでいいんですね?」

「ああ、そのことですか。それなら先ほど命令した通りです。あなたの死は私が保証します」


 最後の確認を終える。


 やっぱりこの程度で納得なんてできるわけもない。


 今も死にたがりは死にたがりのまま。


 きっと地獄は続く。

 きっと更なる地獄に落ちる。


 だけど、たとえそうであっても、死ぬわけにはいかないのだ。


 誰かのためなんかではなく、俺自身のためにも。


「そうですか。それはよかった・・・」


 ずいぶんと久しぶりに、ほんの少しだけ心安らいだ気がする。


 それは本当にささやかなものではあったけれど、それでも凍てついた心に僅かばかりの火を灯した。


 それだけでよかった。

 それだけで多少は救われた。


 ならばもう迷うこともない。


「どかしますよ」

「あ・・・」


 起き上がり、馬乗りになっていた彼女を離れさせる。


 急に俺が動いたからか、一瞬彼女が不安そうな表情を見せる。

 でも立ち上がったまましばらく動かない俺の様子を見て今度は首を傾げた。


 俺は俺でなんとなく次の言葉が見つからず、どうしたものかと思案に耽っている。


 互いにきっかけを失くして、しばらく二人の間に無言の時間が続いた。


 だがいつまでもこうして見つめ合っているわけにもいかない。


「一つ約束をしてほしいです」


 俺は覚悟を決め、一つ息を深く吸い込んだ。


「あなたは俺に生きろと命じました。俺の絶望を知ってなお、それでも生きろと。ならばあなたもそうしてください。この先何が起きようと、どれだけ悲惨な運命に打ちのめされようと、その命尽きるまで戦い抜いてください」


 今日俺を死なせなかった彼女に対する、これはせめてもの抵抗だった。


 “死にたがり”から死を奪った罪は重い。

 こうなった以上彼女にも当然にして果たすべき責務がある。


 だから不敬は承知の上で、俺は彼女に契約を迫る。


「約束してくれますか?」


 真正面からその瞳を見据えて懇願する。


 一緒に地獄に落ちてくれ、と。


 ああ、我ながらなんて残酷な要求なんだろう。

 だがそうやってけじめをつけないことには、この後に続く言葉を伝えることができそうにない。


「いいでしょう」


 果たして彼女は何の躊躇いもなく答えを口にした。


「王家の名にかけて、ここに誓いを。我が命尽きるまで、戦い抜くことを約束します」


 燃えている。


 その瞳の奥が本当にそうであると錯覚してしまうほどに、煌々と燃え上がっている。


 そういうことなのだ。

 もはや引き返すことなどできないのだ。


 彼女もそれを理解している。


 きっとその言葉に嘘はない。


「ありがとうございます。それを聞けて安心しました」


 それだけ言うと、俺は膝をつき、頭を垂れた。


 主君に対する礼節をもってして、改めて彼女に向き合う。


「度重なる無礼をお許しください。殿下のご覚悟、しかと心に刻みました。しからば・・・」


 ミナリス=ベール=ネビラスは覚悟を示した。


 ならばノーデンス=■■■■も戦士として最後の言葉を口にしなければならない。


「王女様、この命あなたに捧げましょう。たとえ地獄の業火に焼かれようと、この身すべてが灰に帰すまでは、あなたのために戦います。どうぞ如何様にも、この命お使いください」


 賽は投げられた。


 覚悟は決まった。


 思えばこの戦争が始まってから、俺自身の意志が発露したのはこれが初めてかもしれない。


 その場の状況や誰かの意志に流されて選んだ道ではなく、己が願いを抱いて選んだ道だ。

 これより先の地獄はすべて自分が招くもの。


 言い訳も、泣き言も許されない。


 俺は今そういう決断をしたのだ。


 だけど不思議と悪い気分ではなかった。


「我が騎士、ノーデンス。その命確かに預かりました。必ずや王国を救い、その献身に報いましょう」


 そう言って差し出された手を、今度こそ俺は握り返した。


 それは以前触れた時のように冷たくはなく、今はとても暖かい。


 その温もりに誘われるがまま立ち上がれば、再び彼女と視線が交錯する。


 もはや二人の間に言葉はない。


 あるのは互いに結んだ呪いにも似た契約だけ。


 行き着く果てはわからない。

 それでも前に進むことを選んだ。


 ならば戦おう。


 この先に、俺の探し求めたものがあることを信じて。


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@tororincho_mono


とろりんちょ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い、完全自分好みすぎて発狂しています、、、殺してくれ [気になる点] ノーンデンス ⬛️⬛️⬛️⬛️ どこの城主の息子かな? [一言] これからも更新頑張って下さい!!
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