43話 残された願い
死にたかった。
本当に死にたかった。
その気持ちに嘘はない。
仕方ないじゃないか。
この終わらない地獄の中で、生きる理由なんて見つからなかったんだから。
どうせ救われないのなら、いっそ終わらせてしまった方がずっといいに決まっている。
だから俺は死にたがる。
だけど俺には死ぬことが許されていなかった。
“お前は生きろ”
皆揃いも揃って同じ言葉を残して死んでいく。
それが呪いになるとも知らずに。
いっそ捨ててしまえばどれだけ楽だったことだろう。
だけどそれもできずにこんなところまで来てしまった。
結局のところ、俺はただ言われるがままに生きてきただけにすぎない。
そこに俺の願いなんてありはしなかった。
「いざとなったら私があなたを殺してあげます。だから安心してあなたの願いを言っていいのですよ」
そう言って差し出された手を、俺は見つめていた。
馬鹿げた話だ。
生き残ったのはたった二人。
一人は世間知らずのお姫様。
もう一人は無能な死にたがり。
ここから何が成せるというのか。
結末は変わらない。
そんなことはわかりきっている。
でもどうしてだろう。
涙を枯れさせるほどの熱が、この凍てつく胸を焦がすんだ。
それはこの手がいつか俺を殺してくれるからではない。
もっと別の何かが、死にたがりに死を忘れさせるほどの何かがそこにはあった。
何を考えている、ノーデンス。
この何もかも終わってしまった絶望の中で、貴様はいったい何に焦がれている。
死ぬことよりも大切なものが、まだあったのか。
「俺は・・・」
やめておけと、後ろ髪を引かれる。
どうせ苦しむだけだと、わかりきった事実を告げられる。
だがそれでも心に燻るこの思いから、目を背けることができない。
そうだ。
いったいいつから俺は死人を言い訳にするようになった。
お前は薄情な人間だ。
人に言われたことを律儀に守るためだけに、この地獄を歩めるような強い人間じゃない。
臆病で、情けなくて。
気づかないふりが得意で。
当たり前のように嘘もつく。
お前はそういう弱い人間だ。
ならば俺がここまで戦ってきた理由は他にある。
もっと身勝手で、我儘な理由が。
それは何だ。
失くしてしまったもの。
忘れてしまったもの。
この地獄の中で、それでも捨てられずにここまで連れてきたもの。
それは何なのか。
知っているはずだ。
思い出せるはずだ。
きっとそれは、魂に刻まれているはずだから。
「俺は・・・」
もう一度問い直す。
すべてが終わってしまったからこそ見えるものがあると信じて。
そして、その答えは案外すんなりと出た。
「意味が欲しかった」
声は掠れている。
相変わらず涙は止まらない。
思考もやっぱりぐちゃぐちゃだ。
それでも俺は、はっきりとその答えを告げた。
「俺は意味が欲しかったんだ」
一度零れてしまえばもう止まらない。
堰を切ったように感情があふれ出してくる。
だけどもう逆らうことはできなかった。
ただ心の赴くままに、言葉を紡ぐ。
「だってそうだろ?こんなのあんまりじゃないか。どうして報われないんだ。皆あんなに頑張ったのに。命がけで戦ったのに。いい奴ばかりだった。誰一人だって死んでいい奴なんていなかった。それでもこの国を守るために、大切な人を守るために命を差し出して、無念の中で死んでいったんだ。その結果がこれか?なら俺たちは何のために戦ったんだ。こんなに傷ついて、こんなに苦しんで、いったい俺たちは何のために戦ってきたんだよ!俺たちの戦いには意味があったんだと、そう言ってくれ。彼らの死には意味があったんだと、ちゃんと証明してくれ。命を賭けるだけの価値がここにあったんだと、頼むから納得させてくれ。そうじゃなきゃ死んでも死にきれない。こんなに死にたいのに、このままじゃ死ねないんだ!」
それは俺がずっと心の奥底にしまって、忘れたふりをして、向き合おうとしなかったもの。
今更掘り起こしたところでどうしようもないのに、それでも向き合わずにはいられなかったもの。
ああ、そうだ。
俺はずっと探している。
これまで散っていった命の意味を。
だから戦い続けた。
死ねない理由はそこにある。
死にたがりの最期は、その答えを見つけてからでなくてはならない。
「そうですか」
俺の悲鳴にも似た独白に、彼女は端的にそう答えた。
その表情はどこか晴れやかで、口元には笑みさえ浮かべている。
「なら行きましょう。私とあなたで、この国を救いましょう。きっとそれがあなたの探し求めた意味になる」
どこまでもまっすぐに俺を見つめて、彼女はそう告げるのだった。
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