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41話 死なせてくれ

「何をしてるんですか!」


 吊り上がった瞳に射抜かれる。


 馬乗りになった彼女は、柄にもなく声を荒げていた。


 俺はその姿をただ呆然と眺めている。


「どうしてここに?」

「聞いているのは私です!質問に答えなさい!」

「・・・いや、普通に死のうと思って」

「意味が分かりません!」

「俺は“死にたがり”ですよ。何を今さら」


 体当たりされた衝撃で、ナイフはすでに手から零れ落ちている。


 もう一度さっきの続きを始めるには彼女をどかさないといけない。


 だけど妙な倦怠感が、その実行を許してはくれなかった。


「もういいでしょう。ここで死なせてください」

「・・・なぜそんなことを、何があったんですか?それにどうして泣いて・・・」

「気づいたんですよ。というより思い出したというべきか。どうやら俺は俺が思うよりも、案外薄情ではなかったらしいです」

「だから何を・・・」

「どうもこうも、そのままの意味ですよ。もう耐えられない。これ以上、誰かの死を背負って生きていくのは御免です」

「さっきと言っていることが全然違うじゃないですか。誰が死んだって、何も感じないんでしょう?」

「あんなもの、嘘に決まってるじゃないですか」

「嘘だったんですか?」

「ええ、嘘です。それが嘘だと自覚したのはついさっきのことですけどね」


 俺はそう言うと、自嘲気味にふっと笑う。


 タガが外れてしまったからなのか、さっきから泣いたり笑ったりと忙しいものだ。

 もうこんな風に感情が出すことなんてないと思ってたのに。


 そしてそんな俺を、ミナリス王女は顔色一つ変えずに見つめていた。


「まずは謝罪を。私の先刻の発言は、あまりに無神経でした」

「別に気にしてませんよ」

「あなたがそう思っていてもです。私は自分のことばかりで、あなたの気持ちをないがしろにしていました」

「そう思っているなら、どいてもらえませんか。死にたいので」

「それはダメです」

「今ここで止めたところで結果は変わりませんよ」

「何度でも止めます」

「そこまでする義理もないでしょう」

「義理があろうがなかろうが関係ありません。あなたの想いは理解しました。その上で私はあなたを死なせるわけにはいかないんです」

「・・・何をわかった気になっているんですか?わかりませんよ。あなたには決して俺の気持ちなんてわからない」

「そんなことありません。私だって、大切な人を失いました。その苦しみはわかっているつもりです」

「・・・」


 怒りが湧いた。


 無神経を謝るというのなら、今まさにこの瞬間がそうだろう。


 話にならない。

 本当に話にならない。


 見当違いにもほどがある。


 煮えたぎるような熱が脳を焼く。


 気づいた時には、激情の赴くまま口を開いていた。


「父親を囮にして、逃げたことはありますか?」

「え?」

「焼け落ちる城に、母親を置き去りにしたことはありますか?」

「何を・・・」

「最愛の妹を、目の前で撃ち殺されたことはありますか?」

「・・・」

「一夜にして、家族を、友を、故郷を、何もかもを奪われたことはありますか?」


 もう止まれない。


 己を制御していた何かはすでに壊れている。


 あとに残ったのは、剥き出しになった感情だけ。


「飢えて死ぬ仲間を見たことがありますか?凍えて死ぬ仲間を見たことがありますか?まともな治療も受けられず、衰弱死していく仲間を見たことはありますか?隣にいた仲間の上半身が吹き飛ぶところを見たことはありますか?人間の焼けこげる臭いを嗅いだことはありますか?血を流し、少しずつ冷たくなっていく人肌の感覚を知っていますか?痛い痛いと泣き叫ぶ、死にかけた仲間に止めを刺したことはありますか?楽しそうに夢を語っていた仲間の朽ち果てる様を見たことはありますか?幸せそうに家族のことを話していた仲間の死体を、焼き場に投げ入れたことはありますか?」


 どれ一つだって忘れられやしない。


 すべてがこの脳裏に焼き付いている。


 救えなかった命が、今もこの心に楔を打つ。


「そういう地獄を何度も見てきた。いつだって俺は見送る側で、一人残されて、そしてとうとう誰もいなくなった。もう何も残っていない」


 後悔などしてもしきれない。


 そしてこれはもう終わってしまった話で、ここから先なんてあるはずもなく。


 ただ今は、生きていることが苦痛で仕方なかった。


「王都でふんぞり返っていたお前たちに何がわかる。従者一人死んだ程度で、何をわかった気になっている。お前に俺の何がわかる・・・。お前に俺の何がわかるっていうんだよ!」


 気づけば、俺は叫んでいた。


 この人は何も知らない。

 何もわかっていない。


 何の力もない。

 何も決められない。


 無力で、無能な、ただの世間知らずなお姫様だ。


 そんな彼女に何を言ったところで意味などないし、そもそもが筋違いだ。


 だがそれでも叫ばずにはいられなかった。


 相手は誰でもよかったのである。


 ただ、この胸に渦巻くどす黒い感情を吐き出したかっただけ。


「もう許してくれ。ここで死なせてくれ。これ以上はもう・・・」


 呼吸が苦しい。

 考えることが苦しい。

 涙を流すことが苦しい。

 心臓が動いていることが苦しい。


 生きていることが、この上なく苦しい。


「もう死なせてくれ」


 俺は目の前の少女に、そう願った。


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@tororincho_mono


とろりんちょ

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