40話 彼女の孤独
暗い森の中、ただ一人残されて、私はその場に蹲っていた。
怖い、寒い、苦しい。
誰か助けて。
そんな声にもならない言葉を心の中で叫びながら、ただひたすらに待ち続ける。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
私はただこの国を救いたかっただけなのに。
だが結局誰一人救えなかった。
幼いころからずっと侍女を務めてくれていたリリーさえも死なせてしまった。
なんて無能な王女なんだろう。
すべて無為に終わった。
これまでの努力も、犠牲も、何もかも無駄にしてしまった。
もう取り返しがつかない。
どうしようもない。
ミナリス=ベール=ネビラスは、完全に敗北したのだ。
そのことを自覚してからは、体に力が入らなくなってしまった。
諦念に心を支配され、思考もうまくまとまらない。
生まれて初めて感じる本当の絶望は、容赦なく私を打ちのめした。
「あ・・・」
動けない私の耳に、銃声が響いた。
戦いが始まったのだ。
ノーデンスさんは情けない私を置いて、一人で敵を迎え撃ちに行ってしまった。
勝てるのだろうか。
いいや、勝てるわけない。
たった一人で何ができるというのか。
殺されるだけだ。
ならどうして私は彼を止めなかったんだろう。
いや、理由はなんとなく想像がつく。
『死んだから何だと言うんですか?』
淡々とそう告げたノーデンスさんの姿が蘇る。
私はあの時、彼に怯んだのだ。
国の敗北も、仲間の死も、もう自分には関係のないことように語る彼を、到底理解することなどできなかった。
私がこんなに胸が引き裂かれそうな思いをしているのに、どうして彼は平然としていられるのか、それがわからなかった。
だから私は、一人戦いに行く彼を止めることができなかった。
そして今、ただ一人ここに残されて、抗いがたい恐怖に襲われている。
虫のいい話なのは百も承知だが、あの時彼を行かせるべきではなかった。
傍にいてもらうべきだった。
何もかも失った私に、この孤独はとても耐えられそうにない。
手が震える。足が震える。全身が震える。
許されるのなら、あらん限りの声で泣き叫びたかった。
いっそ気でも狂ってしまえば楽になれるのだろうか。
どうすればこの苦しみから逃れられる。
「助けて・・・」
当たり前に返事はない。
それに応えようとしていた人を、私は突き放してしまった。
そうだ。
あの人は私を助けようとしてくれていた。
私は彼の手を取るべきだった。
たった一人残された味方を拒絶するなんて、なんて馬鹿なことをしたんだろう。
今からでも謝れば許してくれるだろうか。
彼は優しい人だ。
きっと許してくれるに違いない。
だからもう一度会いに行こう。
そんな風に身勝手な結論を出して、私は銃声のする方へ向かって這い出す。
殺されるかもしれないという恐怖はなぜかなかった。
そんなことよりもこのまま一人で待つことの方がよほど毒だと、本気で信じていた。
早くノーデンスさんのもとへ。
その思いだけを原動力に這って進む。
惨めだろうが、哀れだろうが、どうでもいい。
今はこの孤独が打ち消せるのなら、他のことはどうでもいいのだ。
「早く・・・」
戦いの音が近づいてくる。
その中には人間の悲鳴が混じっていた。
本来なら身の毛がよだつその怨嗟の声も、今だけは気にもならない。
完全に感覚が麻痺している。
それでも私は進んだ。
いよいよ強くなってきた血の臭いに呼吸を侵されようが。
明滅する光源に目を焼かれようが。
何もかも投げうって虫けらのように地べたを這いつくばって進む。
ふいに、銃声が止んだ。
悲鳴も止んだ。
先ほどまでの喧騒がまるで嘘であるかのように、辺りには静寂が満ちている。
戦いに決着がついたのだろうか。
もしノーデンスさんがやれていたら、この先に待つのは死だろう。
そのことが少しだけ私の前進を躊躇わせる。
だが結局止まることはなかった。
引き返したところで何になる。
どうせ一人では生き残れない。
何よりこの凍えるような孤独に耐えられるはずがない。
ならばノーデンスさんが生きていることに賭けよう。
もうそれ以外に私が正気を保てる道などないのだ。
「お願い・・・」
祈るように光へ向かって進んでいく。
その最中、再び銃声が響いた。
一瞬自分が狙われているのではないかと思い身を凍らせたが、聞こえたのはその一発だけで、森には再び静寂が戻っている。
ダメだ。
状況がわからない。
でも確かめるしかない。
うるさい鼓動を押さえつけ、無理やり音のした方へと進む。
そうして辿りついた光の中で、私の瞳が捉えたものは、
「死のう・・・」
そう呟いて、自分のこめかみに押し当てた銃の引き金を引く、ノーデンスさんの姿だった。
立て続けにガチン、ガチンと、無機質な金属音が鳴り響く。
その光景を見て、私は頭が真っ白になってしまった。
だけど呆けていられたのはほんの少しの間だけ。
彼が銃を放り捨て、ナイフをその手に握った瞬間、跳ねるように私の体は駆け出していた。
「ダメ!」
彼が腕を振り下ろしたのと、私が体当たりしてそれを止めたのは、ほぼ同時だった。
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