表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/44

4話 敗走

 これはまずい。

 非常にまずい。


 あれは砲台だ。

 それも極端に軽量化された移動型砲台。


 これまで取り回しが悪く、射程も短い砲台なんて使われることはなかった。


 しかし状況が変わったのだ。


 おそらくあれは敵の新兵器。


 射程が伸び、動きも速く、なにより威力が高い。

 間違いなく魔銃の派生武器だ。


 あんなので攻撃されたらひとたまりもない。


 現にこちらの塹壕陣地はすでに滅茶苦茶。


 隠れていた兵士は土壁ごと容赦なく爆撃され、身を守る術を失っている。

 破壊された塹壕から離脱しようと身を乗り出せば、狙いすましたかのように弾丸が飛んでくる。


 今や俺たちは袋の鼠と化していた。


「撤退!撤退だ!」


 たまらず緊急用の笛を吹き、声を張り上げる。


 このままここにいても全滅するだけだ。


「行くぞ、ニック」


 俺は隣にいたニックを引き連れ、まだ損傷の少ない塹壕の中を走り出す。


「ノーデンス、どうするんだ!このままじゃやべえぞ!」

「どうするもこうするもねえ!逃げるんだよ!」

「逃げるつってもどこに!」

「射程を見る限り砦までは届いてない!いつもの寝床まで逃げればなんとなる!」

「マジかよ!命がけで前進したのに、見事に全部無駄じゃねえか!笑えねえぜ!」

「全くその通りだ!」


 こんな状況下でも軽口を叩けるニックに叫び返しながら塹壕の中を駆け回る。


 今は使えそうな道を見つけて逃げるしかない。

 だが実際それは困難を極めた。


 砲撃の雨は容赦なくこちらの退路を塞ぎ、逃げ場を失った兵士たちの命を刈り取っている。


 被害は拡大する一方だ。


 別に俺はいい。

 俺はいつ死んでもかまわない。

 むしろそれを願ってさえいる。


 だがそのエゴに、仲間を巻き込むつもりはない。


 今は一人でも多く救わなければならない局面だった。


「ニック、先に行け!」

「は?」


 俺はそう叫ぶと、近くで倒れていた兵士に駆け寄る。


 まだそいつには息があった。


「うぅ・・・」

「おい、大丈夫か?」

「・・・すまん、足が・・・」

「ここにいたら死ぬぞ。頑張って歩け」


 足を負傷しているが、大した怪我じゃない。

 まだ助けられる。


 そう判断するが早いか、俺は彼に肩を貸して無理やり立ち上がらせた。


「おい、ノーデンス!そういうことするなら俺にも声かけろよ!一人でかっこつけてんじゃねぇ!」

「お前なんで逃げてねえんだよ・・・」


 なぜか先に行かせたはずのニックがぷんすか怒りながらこちらに近づいてきた。


 彼はそのまま負傷兵に体を寄せると、俺が担いでいるのとは逆側の肩を持つ。


「さっさと行くぞ」

「死んでも知らねえからな」


 砲撃が降り注ぐ地獄の中で、俺たちは再び走り始める。


 周囲は相変わらずひどい状況だ。


 死の臭いも濃くなってきている。


 早く戻らないと。


「くそっ・・・、いやだ・・・、まだ死にたくない」


 耳元で泣き言が聞こえた。

 それは負傷兵が発した言葉だった。


 死にたくない、か。


 わかっている。

 わかっているとも。


 そのために足掻いているんだ。

 誰かを助けるために戦っているんだ。


 “死にたがり”が、わざわざ生き残ろうとしているんだ。


 だから一人くらいは許してくれ。

 贅沢は言わないから、みんな助けてほしいなんて言わないから、せめて一人くらいは助けさせてくれ。


 そう祈って前に進む。


 だが忘れてはいけない。


 正真正銘、ここは地獄だった。


 人の願いなんてすべて置き去りにして奪っていく。


 今回も例外ではなかったらしい。


「!?」


 声は出せなかった。


 突如視界が白く塗りつぶされる。


 そして次の瞬間、俺たちの体は吹き飛ばされていた。


感想・評価いただけると作者が喜びます。

よろしくお願いします。


とろりんちょ @tororincho_mono

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ