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39話 慟哭

 物言わぬ死体の山。

 赤く染まった大地。

 むせかえるような血の匂い。


 そんな地獄の中心で、俺は一人泣き続けていた。


 理由はわからない。

 ただ涙があふれてくる。


 泣いたのなんていつ振りだろう。

 もうずいぶんと昔のことのような気がする。


 いったいいつからこうなってしまったのか。


 俺だってかつては普通の人間だったはずなのに。


 誇りがあった。

 矜持があった。

 信念があった。


 そして、守りたい大切なものがあったのだ。


 でも今となっては何もない。


 何も救えず、何も守れず、亡霊となってただ一人、己の無力を悔いながら戦場を彷徨っている。


 それこそがノーデンスという人間の正体だ。


 だからわからない。

 そんな俺がどうして今更泣いている?


「どうして止まらないんだ・・・」


 言うことを聞かない体、溢れる涙が、何かを必死に訴えている。


 それが何なのかを俺は知っているのだろうか。


 思い出せない。


 それ以上はやめておけと、頭の中の誰かが警鐘を鳴らしている。


 だけど心の奥底では、別の誰かが思い出せと叫んでいる。


 頭が痛い。

 胸が焼ける。

 息が苦しい。


 いったいこれは何なんだ。



『悲しくはないんですか?』



 ふと、彼女の言葉が蘇る。


 泣きはらした顔で、目の光さえ失って、それでも彼女はそう問うた。


 それに俺はなんて答えた?


 否定したはずだ。


 当然だろう。

 考えるまでもない。


 今更人の死が何だというのだ。


 いったいどれだけの死を見届けてきたと思っている。


 もう慣れた。

 仲間が何人死のうが、目の前で准尉が死のうが、その程度のことで心乱れたりはしない。


『本当に?』


 今度は別の誰かが語り掛けてくる。


 とても懐かしくて、思わず手を伸ばしたくなるような声。


 俺が守るはずだったもの。

 俺が守れなかったもの。


 楽しそうに、優しそうに、幸せそうに、いつも笑っていた。


 でも最後は血にまみれて、それでも笑って死んでいった。



 俺が死なせた。



 あの子はもういない。

 だから声なんて聞こえるはずない。


 それなのに、どうしてこんなにも思考が焼かれる。


「やめろ・・・」


 もう終わったはずだ。

 俺という人間は跡形もなく壊れたはずだ。


 すでに正気じゃない。

 くだらない感傷なんてとっくの昔に失くしている。


 俺はただの“死にたがり”。

 死ぬこと以外に興味なんかない。


 そうだ。

 そうあるはずなんだ。


『嘘だよ』


「うるさい」


 地面にうずくまったまま、虚像に向かって囁く。


 認めるわけにはいかない。


 もし仮に、まだ俺が正気を保っていて、一丁前に人並の感情なんてものを持っていたとしたら・・・、きっと耐えられない。


 考えるだけでおぞましい、それは耐え難い苦痛だ。


 人はそんなに強くない。


 叶うことならば、愛する人を、大切な人を、誰一人だって失いたくはないのだ。

 ましてやそれを何度も繰り返せば、生きていくことすら億劫になる。


 それでも生きるというのなら、もう狂気に堕ちるしかない。


 だから狂った。

 もう何も感じないように。


 そうしなければここまで来ることなどできるはずもなかった。


 俺は狂っている。

 そのはずだ。


 そうでなければ何もかも崩壊してしまう。

 これまでの前提も、道理も、戦い続ける理由さえ。


「止まれ、止まってくれ」

『悲しかったね』

「違う」

『苦しかったね』

「そんなはずない」

『泣いてもいいんだよ』

「俺は・・・」


 結局、最初から破綻していたのだろうか。


 でもだとしたらどうすればよかったんだ。


 こうするしかなかったじゃないか。


 嘘で固めて、見ないふりをして、虚勢を張って、言い聞かせて。


 たとえそのやり方が間違いだとわかっていても。


「ああ・・・、ああああぁぁぁああああああ」


 もはや取り繕う意味もなくなって、みっともなく泣き喚く。


 全部わかってしまった。


 救いなどありはしなかった。


 最初から何もかも間違っていたのだ。


 ならば俺の戦いはここで終わりでいい。


「死のう・・・」


 自然と言葉は零れた。


 もう生きるための理由は尽きた。

 ならばその結論に至るのは当然だろう。


 俺は拳銃を手に取って、ゆっくりとこめかみに運ぶ。


 そのままなんの感慨もなく、引き金を引いた。


 ガチリと、撃鉄の落ちる音が耳元で響くが、何も起こらない。


 仕方なく何度も引き金を引いてみるが結果は変わらなかった。


 確かめてみると、なんということはない。

 ただの弾切れだ。


 ならばと銃を放り捨てると、今度はナイフを首元に当てる。


 これでもう間違いはない。

 今度こそ止めを刺そう。


 そう思って腕を振り上げた、その時。


「ダメ!」


 静寂を切り裂いた悲鳴が、混濁する意識に響き渡った。


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@tororincho_mono


とろりんちょ

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