38話 勝利の後に
今回は端から期待などしていなかった。
敵のことをよく知っているだとか、夜だからこちらが有利だとか、そういう表面的な理由なんかではなく、もっと根本的な直感とでもいうのだろうか。
こいつらでは俺を殺せない。殺してはくれない。
なんとなくそれがわかってしまっていたのだ。
そして結果は語るまでもない。
「動くな」
殺さずに生かしておいた帝国兵にそう告げる。
ここからは戦いではなく、尋問の時間だ。
この先どう動くにしろ、何かしら情報は抜いておきたい。
そのためにわざわざ一番階級が高そうな兵士を一人だけ残しておいたのである。
こいつがどこまで情報を持っているか、あるいはその情報がどこまで信じられるものかはわからないが、聞くだけならタダというもの。
せいぜい毟れるだけ毟るとしよう。
「手を頭の後ろに回して、膝をつけ」
「貴様・・・」
「勝手にしゃべるな。黙って従え。次無駄口叩いたら殺す」
「わかった、わかったから撃つな」
少し脅しただけで、目の前の男は素直に指示に従った。
銃を手放し、膝立ちになったその背中に向かって俺は言葉を投げかける。
「お前の名前は?」
「キャメル・ジーロ」
「階級は?」
「少尉だ」
「お前の任務はなんだ?」
「敗走兵の排除だ」
「近くに増援はいるか?」
「いない、と思う。ここは索敵範囲からだいぶ外れている。少なくともすぐに別の部隊が来ることはない」
「そうか、それは残念だよ」
「は?」
「気にするな。こっちの話だ」
ため息が出そうになるのをなんとかこらえる。
もしかしたらなんてことはない。
今宵の戦いはこれで終幕。
結局もう死ねるような展開はなさそうだ。
「そうだな、あとこれだけは聞いておきたかったんだ」
「・・・」
「帝国軍はどうやって砦の背後をとった?」
今最も確認しなければならないことを、俺は彼に問う。
別に増援の有無とか、ましてやこいつの名前なんかどうでもいい。
我が軍が挟撃された理由、それは今後の動き方を大きく左右する。
できることなら今夜起こったことの経緯は知っておきたい。
まあ少尉ごときが持っている情報なんてたかが知れているところではあるが。
「あり得ないんだ、誰にも気づかれずに挟撃を仕掛けるなんて。帝国軍が領内を闊歩すれば必ずどこかで察知されるはず。なのに今回はそれがなかった。いくらお粗末な王国軍といえどもそんな間抜けは起こらない。何か理由があるはずだ」
「し、知らない。俺は何も知らない」
ジーロ少尉がそうほざいた瞬間、俺は彼を蹴り飛ばして地面に叩きつける。
「ぐっ!」
突然襲った痛みに呻き声を上げる彼だが、俺は構わず尋問を続けた。
「知らないは許されない。答えろ」
「本当に知らないんだ!上がどういう作戦を立てたかなんて末端の俺たちにはわからない!」
今度は倒れた背中にまたがり、ナイフを取り出すと、彼の太ももに突き立てる。
「がああああああ!」
時間を置き、一通り悶絶させる。
拷問で大切なのは、痛みを覚えさせること。
「なら質問を変えよう。お前の部隊はどうやってここまで来た。進軍ルートは?」
「西からだ!国境から離れて山沿いに!そこから王国領土内に入った!」
「西の国境沿い?キザンカ連邦の領土を通ったってことか?」
「そうだ!」
「王国領土にはどこから入った?山越えか?それとも平野を通ったか?」
「平野だ」
「ペーペル平原から、つまり・・・」
そこからは口に出さなかったが、結論は明らかだった。
キザンカ連邦は我らがネビラス王国の隣国であり同盟国だ。
此度の戦争でも当初援軍を送ってきたが、帝国軍がキザンカ国境にも軍を配備したことで自国防衛のためすでに王国領土内からは軍を撤退している。
だがキザンカと帝国の直接戦闘が始まったなんて情報はない。
それなのに帝国軍がキザンカ領土を通過したということなら理由は明らか。
キザンカは王国を裏切り、帝国と組んだんだ。
しかしキザンカの裏切りだけならまだしも、そこから先は意味不明。
敵はペーペル平原から王国に侵入している。
北部以外は基本的に山脈に囲まれている王国領土内に進軍したいなら山脈の切れ目にある平原を進軍ルートに選ぶのは至極当然のこと。
だがだからこそそういう要所に王国は目を光らせているし、何よりあそこには都市もあるのだから帝国軍が何のお咎めもなく素通りして南部のこちらまで進軍してくるなんてことはありえない。
だが現実は違う。
我々は心臓に刃を突き立てられるまで、その兆候すら捉えられなかった。
これが意味するところは最悪の事実。
「王国内に内通者がいる」
思わず言葉が零れる。
面倒なことになった。
状況が分からない。
今この国で何が起きている?
彼女をどこに連れて行けばいい?
王都は安全なのか?
わからない。
わからないことが多すぎる。
「おい、もういいだろ。知ってることは全部話した。見逃してくれ!」
考え事をしていると、下から喧しい声がする。
もはやこいつに用はない。
静かにしていてほしいものだ。
「見逃す?なんで?」
「ちゃんと質問には答えたんだから見逃してくれよ!家族がいるんだ!」
みっともなく命乞いするその男を、俺は冷めた目で見下ろす。
この期に及んでそんなことを口走れるとは、心底おめでたい奴のようだ。
「頼む、殺さないでくれ」
「・・・家族か。俺にもいたよ。お前たち帝国兵に全員殺されたけど」
「え・・・?」
「なあ、俺たちは戦争してるんだぜ?実際お前は俺を殺しに来たんだろ?」
「命令だったんだ!やりたくてやったわけじゃない!」
「そんな理屈は通らない。銃を手に取ったのなら殺される覚悟は持つべきだ」
「待ってくれ、許してくれ・・・」
「まあお前たちにそれを期待するのも酷か。所詮は卑しい野良犬。死肉を漁る獣め」
「なんで俺たちのことを・・・」
「知ってるさ。お前たちのことはよく知ってる」
遠い過去を思い出すように、俺は一人ごちる。
考えてみれば今日はあの日と状況がよく似ていた。
多くのものを失ったことも。
自分だけ逃げてきたことも。
こいつらと戦ったことも。
あえて違いを挙げるとすれば、今回はもう一人生存者がいることぐらいか。
それも結局、俺にとってはもうどうでもいいことだが。
「運が悪かったな、野良犬。恨み言なら地獄で吐け」
「待っ・・・」
「死ね」
身をよじろうとした男の後頭部に、銃弾を撃ち込む。
それで終わり。
「ふぅ・・・」
ああ、なんてくだらないんだろう。
今更こいつらを何人殺したところで俺が満たされることはない。
楽しくもないし、嬉しくもない。
くだらなすぎて反吐が出そうだ。
「戻らないと・・・」
鉛のように重い体にそう言い聞かせる。
だが一歩踏み出そうとしたところで、ふと膝をついてしまった。
「あれ・・・」
変だな、力が入らない。
さっきまで問題なかったのに、急にどうしたのだろうか。
試しにもう一度立ち上がろうとしてみても、やはりダメだ。
地面に縫い付けられでもしたかのように、頑として足が言うことを聞かない。
困り果てた俺は、かろうじて動く首を傾けて空を見上げた。
先ほどまで曇っていてほとんど光なんてなかったのに、今はちらほらとちりばめられた星と、我が物顔で鎮座する一際大きな月が空を照らしている。
「ん?」
ふいに視界が滲んだ。
そして頬を何かが伝う。
それが涙だということに、俺はしばらくの間気づくことができなかった。
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