37話 闇夜の戦い
「明かりを消せ!」
暗闇からの奇襲。
どこから攻撃されたのかもわからない。
このままでは一方的に狙い撃ちされるだけだと判断した野良犬の隊長は部下へ消灯の指示を飛ばす。
即座にそれは実行に移され、戦場は瞬く間に一切の光を失った。
「どこだ・・・」
皆が目を凝らし、耳を澄まして敵を探す。
すでに動揺は消えていた。
たとえ野良犬と呼ばれようとも、彼らとてれっきとした兵士なのだ。
戦闘が始まれば冷静にもなる。
それに奇襲を受けたとはいえ、彼らの有利は変わらない。
いつも通りやれば問題なく獲物は狩れる状況。
「・・・」
息が詰まるような静寂が続く。
地に伏せる彼らの耳に届くのは風に揺られて擦れる草の葉の音だけ。
どれだけの時間、世界は止まっていたのだろうか。
ふいに誰かがそっと口を開く。
「逃げたか?」
「いや、わざわざ仕掛けてきたんだ。逃げるはずがない」
「ならどうして何もしてこないんです?」
「さあな。こちらを見失っているのか、あるいは何か狙いがあるのかもしれない」
「どうします?いつまでもこうしているわけにもいかないでしょう」
「・・・仕方ない。前進しよう。距離を詰めれば敵も動かざるをえない。逃げようが攻撃してこようが、居場所さえ見つけてしまえばあとは追い詰めるだけだ。行くぞ」
「了解です」
隊長の指示に従って、隊員たちが地面を這いながら前進する。
いつでも反撃できるように、その手にはすでに銃が握られていた。
長銃を抱えて器用に匍匐する様は、野を狩場とする野良犬としてはさすがといったところ。
みるみるうちに距離を殺していく彼らに迷いはない。
そこには勝利の確信があった。
あとは獲物を炙り出すだけ。
それで終わり。
そしてその瞬間は当然にして訪れた。
「ぐはっ!」
乾いた破裂音が響いた直後、誰かが悲鳴を上げる。
だが音が鳴ると同時に光った何かを、他の隊員たちは見逃さなかった。
「撃て!」
一斉射撃が始まる。
「灯をつけろ!突っ込むぞ!」
もはや這いずる理由もなく、野良犬たちは一斉に立ち上がって走り出していた。
駆け抜ける間、引き金を引く手が止まることもない。
先ほどまで静寂に包まれていた山間は、瞬く間に銃声が乱舞する喧騒に支配される。
やがて彼らは攻撃の発信源、銃弾によって穴だらけになった木の幹のもとまで辿りついた。
「はあ、はあ、はあ・・・」
息を荒げながら辺りを照らすも人影は見当たらない。
それどころか周囲には血の一滴の痕跡も残っていなかった。
「嘘だろ」
「どうやって」
「逃げられるはずない」
あれだけの銃撃を浴びせたのだ。
本来この辺りに蜂の巣になった死体があるはず。
そのはずなのに人の気配すらない。
隊士たちが困惑の声を上げるのも仕方のないことだった。
「くそ、どこ行きやがった」
なおも目を凝らして敵を探す隊員たち。
不気味な空気が立ち込める。
そしてそんな中で、それは始まった。
「ん?」
微かな金属音を聞いた気がした誰かが振り返る。
背後へ首をひねった彼の視界で、何かが上から下へと落下した。
「え?」
自然と吸い寄せられるように地面を確認した彼が、思わず間抜けな声を上げる。
そして次の瞬間、轟音と共に地面が炸裂した。
逃げる暇さえなかった彼は当然のこと、周囲にいた数人もその爆発に巻き込まれる。
「手榴弾か!」
一部始終を見ていた隊長が頭上を見上げると、そこには確かに人影があった。
「上だ!」
すぐさま木の上の敵へと銃口を向けるが、その影は人間ならざる機動力で跳躍し、木から木へと飛び移っていくと、そのまま闇に溶けてしまう。
「警戒しろ!いるぞ!」
ここにきて野良犬たちは徐々に余裕を失いつつあった。
まだ20人以上残っている。
以前数的有利は彼らにある。
だがそれを覆しうる何かが、この空間には漂っていた。
兵士としての勘が危険信号を上げている。
彼らはそれに逆らわず、耳を澄まし、血眼になって周囲を見回した。
しかし返ってくるのは再びの静寂と闇のみ。
束の間の安息、束の間の平穏。
それがどれだけ脆いものか、知らぬ彼らではない。
案の定、そう長い時間もかからず地獄は始まった。
「ぐわあああ!」
銃声と共に悲鳴が上がる。
即座に攻撃元へと反撃を返すが手応えはない。
「があっ!」
そしてまた悲鳴。
今度はさっきの場所から少し離れたところからの攻撃。
慌てて狙いをずらして銃撃を放つも、やはり敵の悲鳴は聞こえない。
そこからは止まらなかった。
一定の間隔おきに別々の場所から攻撃を受け続ける。
野良犬たちは一人、また一人と倒れていく。
それは彼らにとって、まさに悪夢のような状況だった。
「なんだこれは!」
運よくまだ生き残っていた隊長が悪態をつく。
彼には今の状況がどうしても理解できなかった。
敵の武装はおそらく火薬銃。
武器の装填間隔や攻撃頻度、またその移動速度と経路から、敵が単独であることも明白。
ここまではいい。
想定の範囲内だ。
彼にとって意味不明なのは、その敵がこの暗い森の中を、灯もなしに高速で移動していることだ。
「なぜ動ける!」
悲痛な叫びに応えるように、また銃声が鳴る。
「ひぃぃぃ!」
誰かが情けない声を上げた。
もはや立っている帝国兵は10人にも満たない。
しかもその彼らといえば、突然始まった殺戮に怯え切っていて、逃げ出そうとする始末。
「がはっ!」
狙いすましたかのように、背中を向けた者から殺されていく。
ここにきてようやく彼らは理解したのだ。
己が狩る側ではなく、狩られる側に回ったことを。
そしてそれを知ったときにはもう遅い。
攻撃が始まってから数分も経たずに、隊長だけを残してすべての兵士が銃弾に倒れた。
彼らの手から取り落された灯に所々を照らされて、森は少しだけ生き残った彼に視界を許している。
その目に映るのは死屍累々の血の海。
数刻前までは想像だにしなかった光景。
まるで悪夢の中に取り残されてしまったかのような感覚に陥りながら、それでも彼は最後の意地を振り絞って敵の姿を探していた。
先ほどまでの嵐のような攻撃が今は止み、森には再び静寂が戻っている。
そのことが不気味で、銃を構える彼の手は震えていた。
「動くな」
突如彼の背後で声がした。
それが誰の声であるのかわからぬ彼ではない。
ここにきてようやく影はその姿を現した。
凍えるようなその殺意に、今度こそ彼は戦意を失う。
戦いは決した。
蓋を開けてみればとてもあっけない結末。
たった一人で血の海を築き上げた影は、面白くもなさそうに生き残った帝国兵へと銃を突き付けるのであった。
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