32話 諦念と弾劾
「貴様、今何と言った?」
セパ司令が眉をひそめ、そう問いかけてくる。
銃口は依然俺を捉えたまま。
命を握られた上で返す答え。
だが臆することなど何もない。
なればこそ、俺はもう一度同じ言葉を贈る。
「殺せばいい、と言ったんだ。ここでお前に従うくらいなら、死んだ方がマシだ」
「・・・本気で言ってるのか?もしそうだとしたら、お前は救いようのない馬鹿だぞ」
「馬鹿で結構。お前のようなクズには一生わからないことさ」
勘違いしないでほしいのだが、これは“死にたがり”の発作ではない。
ただ単純に、合理的に考えて、こいつに従ってまで生き残る理由がないだけだ。
だからここで俺がとるべき選択は“死”なのである。
「ダメです、ノーデンスさん!今は大人しく・・・」
王女様が何か言っているが聞こえない。
というより聞く意味がない。
結論はすでに出ている。
俺の意志が変わることはないのだ。
「なぜそうまで愚かなのだ!」
だがそんな当たり前のことさえこの男にはわからない。
彼は怒りで顔を赤く染めると、しがみつく王女様を振り払い一歩俺に詰め寄った。
「今は殿下をお救いすることこそが、我々に与えられた使命なのだ!そのための犠牲はやむを得ない。足手まといは連れていけないのだ!なぜこんな簡単な道理がわからん!」
彼の怒声が虚しく響く。
この惨状を生み出しておいて、よくそんな言葉を吐き出せたものだ。
聞くに堪えない。
だから俺は、最大限の侮蔑を込めて、拒絶の意を示すのである。
「道理か・・・。なるほど、確かに王女様を救うことに、多少の意味はあるのかもな。そのための犠牲なら受け入れるべきなんだろう」
「そうだ、だから・・・」
「ならお前もいらないだろ」
「・・・は?」
俺が言ったことを理解できなかったのか、司令が間抜けな声を上げる。
しかしそんな反応など無視して、俺はその先の言葉を続ける。
「この先お前がいったい何の役に立つ?むしろ邪魔にしかならないんだが?足手まといだからここで死んでくれ」
「貴様何様のつもりだ!私はこの軍の司令官だぞ!」
「その軍ならついさっき壊滅したよ。お前自身がそう言って見切りをつけたんじゃないか。それで?壊滅した軍の司令官様にいったい何の価値があるって?」
「それは・・・」
「もういい、別に答える必要はない。お前が無能なのは最初から知ってる」
「ふ、ふざけるな!貴様本当に死にたいのか!」
「だから最初からそう言ってるだろ」
自分でも驚くほど、冷たい声が出る。
これまでこんなくだらない人間に仲間たちが苦しめられてきたかと思うと、反吐が出そうだった。
「なぜ撃たない?たかが一兵卒ごときにここまで言われたんだぞ。とっくに殺しておくべきところだ。何をモタモタしている」
「・・・」
「理由を当ててやろう。お前が俺を殺さないのは、まだ利用したいからだ。さすがのお前でも王女様と二人きりでの逃避行に勝算がないことは察している。できれば協力者は一人でも多い方がいい。そこに五体満足の兵士が現れれば、殺すのが惜しくもなるだろうよ」
「すべては殿下を救うためだ。そのために私は・・・」
「いいや、違うね。お前はただ自分が助かりたいのさ。その口実に体よく王女様を使ってるだけ。そんな奴がよく道理だなんだと言えたな。恥を知れ」
おそらく明確に迫った死に際だからだろう。
久しく忘れていた感情が目を覚まして燃え上がっている。
“死にたがり”にだって矜持はある。
たとえどれだけ打ち砕かれようと、情けなく敗北し続けようと、絶対に譲れないものが俺にもあるのだ。
「腐っても俺は兵士だ。国のためなら命も賭けられる。別にボロ雑巾みたいに使い捨てられたってかまわない。必要な犠牲だっていうんなら喜んで引き受けよう。だがな、お前みたいな卑怯者を助けるために戦うなんざまっぴらごめんだ。だからお前の命令に従う道理はない。殺したければ殺すがいい。俺はそれで本望だ」
俺はまっすぐ目の前の男を睨みつける。
後悔はない。
これが今俺のやるべきことだ。
その結果死ぬのなら仕方のないこと。
死ぬべくして死ぬのだから、何も文句はあるまい。
「そうか、それが貴様の答えか。大義も見えぬとは、本当に愚かな男だ。いいだろう、そんなに死にたいのなら、望み通り殺してやる」
怒りに震える司令が引き金にかけた指に力を入れる。
俺はといえば、特に抵抗することもなく目を閉じ、ただその時が来るのを待った。
「死ね!」
怨嗟の声と同時に、銃声が響く。
ああ、ようやく終わった。
我ながら、最低最悪の人生だったな。
本当はもっと早く終わるはずだったのに、ずいぶんと長引かせたものだ。
だがそれもここまで。
ようやく死ねる。
これで・・・。
「・・・え?」
ふと、違和感を感じた。
銃声はしたのに、体に衝撃が来ない。
痛みも感じない。
どういうことだ?
死ぬのってこういう感覚なんだろうか。
不思議に思って瞼を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「なんで・・・」
視界に飛び込んできたのは、頭から血を流しながら倒れていくセパ司令の姿。
そのままドサリと床に転がると、彼はピクリとも動かなくなる。
「人の部下に手ぇ出してんじゃねえよ」
混乱する頭に聞き慣れた声が響いた。
自然と視線はそちらに引き寄せられていく。
「准尉・・・」
意識を取り戻した彼の手には、拳銃が握られていた。
それを見て悟る。
ああ、俺はまた死に損ねたのだと。
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