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31話 崩壊

「殿下、いい加減にしてください。そんな死にかけに使う時間はありません。その男はここに捨て置き、我々は早くここから脱出すべきです」


 これまで一言も話さなかったセパ司令がおもむろに口にしたのは、そんな言葉だった。


 ふいに浴びせられたその悪意に、動かしかけた手を止められる。


 大人しくしていると思ったらこれか。


 まあ予想していなかったわけじゃない。


 こいつはそういう男だ。


 人の命を消耗品としか思っていない冷酷さ。

 それによっていったいどれだけの命が使い捨てられてきたことだろう。


 そして今その毒牙は准尉に向けられてしまった。


「セパ司令、今しばらくご辛抱を。彼の治療が済み次第出発しますから」


 息が詰まりそうな沈黙を王女様が破る。


 彼女はあくまで冷静に、かといって一歩も引かず、司令の前に立ちはだかった。


「殿下、もうこれ以上は待てませぬ。そもそも彼らを待つこと自体、私は反対だったのです。今後役に立つはずだということで我慢していましたが、もはやその男は虫の息。いちいち救う価値もありますまい」

「・・・私たちを逃がすため懸命に戦った彼に向かって、あなたは価値がないというのですか?」

「使命のために命をかけ、役目を終えたら潔く死ぬ。兵士とはそういうものです」

「何を・・・。彼らにだって生きる権利はあるんです!」

「いい加減にしてください!我々はあなたを守らなければならないのです。そのためなら非情にもなりましょう。もし後ろ髪を引かれるというのなら、こうするまで」


 そう言って司令は拳銃を引き抜く。


 その銃口はまっすぐ准尉に向けられた。


「おい、貴様。なんのつもりだ?」


 准尉を庇うように前へ出た俺に、司令の冷たい視線が突き刺さる。


「そこをどけ」

「どうかご再考を。彼は魔人です。ここで助けられれば今後必ず役に立ちます」

「黙れ。そんな死に体に何ができる」

「しかし!」

「これは命令だ。従わなければ殺すぞ」

「・・・」


 今にも引き金が引かれそうだった。


 それでも俺はその場から一歩も動かず、目の前の悪魔と睨み合う。


「何をしているのです!今すぐ銃を下しなさい!」


 一触即発の状況下、慌てた様子で王女様が司令を止めようと詰め寄った。


 だがここで目の前の愚かな男はとんでもない暴挙に出る。


「黙れ!」

「ぐっ!」


 あろうことか、近づいてきた王女様に平手打ちを食らわせたのだ。


 殴られた彼女は態勢を崩してその場に倒れる。


 混迷はそこから始まった。


「殿下!」


 最初に動いたのは侍女だった。


 彼女は王女様のもとまで駆け寄りその無事を確認すると、今度は殴った張本人を射殺さんばかりに睨みつける。


「貴様!自分が何をしたのかわかっているのか!」

「私の命令を聞かないからだ!戦争を知らぬ小娘が勝手なことばかりしおって!」

「ふざけるな、無礼者め!この非礼は命をもって償ってもらうぞ!」


 怒り心頭の彼女は懐からナイフを取り出し、突っ込んでいく。


「よせ!」


 俺の制止は間に合わない。


 次の瞬間、乾いた破裂音が響いた。


 視界の端で血しぶきが舞い、侍女が力なく崩れていく。


「リリー!」


 王女様が悲鳴を上げ、倒れた侍女へと駆け寄る。


 必死で体を揺らし、名前を呼び続けるが返事はない。


 当たり前だ。


 銃弾は頭部に命中していた。

 間違いなく即死だろう。


「リリー!リリー!」

「ふんっ、私に逆らうからだ」


 泣き喚く王女様に向かってそう吐き捨てた司令が、ゆっくりと振り返る。


 彼はその瞳に狂気を纏わせ俺を見据えると、再び銃口をこちらに向けてきた。


「わかっただろう?私に逆らえばこうなる。死にたくなければ命令に従え」


 空虚な言葉が耳を打つ。


 目の前の現実が、あまりにもくだらなくて、いっそ笑えてさえくる。


 いや、実際俺は笑っていた。


 この地獄の中心で、思考と感情が滅茶苦茶になりながら、もう何もかもどうでもよくなって、俺は笑っていた。


「死にたくなければ、か・・・」

「貴様、何がおかしい」


 不気味に笑みを浮かべる俺を見て、司令は苛立った様子を見せる。


 その手に握られた銃が微かに震えているのは気のせいだろうか。


「やめて!もうやめてください!」


 異様な空気を纏う俺たちの間に割って入ったのは、やはり王女様だった。


 彼女は涙でその美しい顔を腫らしながら、司令の腰にしがみつき必死になって彼を止めている。


「放せ!」

「わかりました、わかりましたから!言うことを聞きます!だからもう撃たないで!ノーデンスさんも大人しく従ってください!」


 縋るようにかけられた言葉。


 自分の配下を殺されて、自分自身も殺されかねない状況だというのに、それでも俺を守ろうとする。


 本当にお優しい方だ。


 本来ならその尊い意志は尊重されるべきものなのだろう。


 しかしそんなもの、この地獄では通用しない。


 ここでまかり通るのは力ある者の醜い欲望だけ。


「殺せばいい」


 だから俺の口からそんな言葉が零れ落ちたのは、必然の結果だったのだ。


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@tororincho_mono


とろりんちょ

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