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3話 地獄の始まり

 長い夜が終わり、また朝がやってきた。


 軽く食事をとり、銃に弾を込めれば、戦いの始まりだ。


「今日こそ死ねるかな」


 そんな言葉を呟きながら、いつもと変わらない風景を眺める。


 目の前に広がるのは、どこまでも続く塹壕陣地。


 迷路のように複雑に入り組んだこの塹壕こそ、我ら魔無しの戦場だ。


 俺たちは毎朝この塹壕の中をモグラのように這いずりまわって前進する。


 文字通り、命がけで。


「うぅ、あんまり眠れなかったぜ」


 青みがかってきた空をボーっと眺めていると、後ろから声を掛けられる。


 視線だけそちらに向ければ、そこにはニックが立っていた。


 昨日のやり取りなどケロッと忘れたような顔をしているが、残念なことに腫れた目を隠せていない。


「調子はどうよ、ノーデンス」

「すこぶる快調だ」

「嘘つけ、顔色悪いぞ」

「そんなことはない。今なら敵陣突っ込んで大将のタマだって取れる」

「冗談でもやめろよな。お前が好き勝手暴れると止めなかった俺たちまで隊長に怒られるんだから」

「ほっとけと伝えておけ」

「隊長にそんな態度取れるのはお前くらいだよ」


 そんなくだらないやり取りをしていると、他の奴らも準備を終えたのか、徐々に隊列が組まれ始めた。


 皆一様に暗い顔をしている。

 これからまた戦いが始まるのだから当然だ。


 だがただ一人、俺だけはこの瞬間に胸躍らせている。


「今日こそ死ねるかな」


 もう一度その言葉を呟きながら、俺は出撃の合図が来るのを今か今かと待ち続けるのだった。


―――――


 そしてそれはすぐに始まった。


 悲鳴と怒号、そして銃声。


 周囲では弾丸が飛び交い、瞬く間に命が散っていく。


 いつも通りの戦場だ。


 今まさに俺はその生と死の境界線上を走り抜けている。


「うわっ!今弾が掠ったぞ!」

「気にすんな。いつものことだ。このまま突っ込む」

「ちくしょう!たまにお前の怖いもの知らずが羨ましくなるよ!」


 ニックの叫びに答えるように、また近くで銃弾が弾け、土埃を上げた。


 しかしそんなことなどお構いなしに俺は塹壕から顔を出すと、広がった視界の中で敵を探す。


 昔から目はよかった。


 遥か遠くの景色を鮮明に捉え、明るかろうが暗かろうがその光景は揺るがない。


 物心ついた頃からその異常性にはなんとなく気づいていたが、誰に相談するわけでもなく、かといって使う場面もなかったので、特に気にせず放っておいた。


 だが図らずも、戦争が始まったことによりこの目はその真価を発揮することになる。


「すぅ・・・」


 大きく息を吸って、息を止める。


 照準越しに見える敵兵の一挙手一投足を視界に収めながら、狙いを定め、引き金に手をかける。


 最後にほんの少しだけ人差し指を動かせば、乾いた破裂音とともに遥か彼方で真っ赤な花が咲き誇り、呆気なく命が消え去った。


「ふぅ・・・」


 忘れていた呼吸を取り戻し、すぐさま塹壕へ身を隠すと、撃鉄を起こして次弾を装填する。


 そして再び塹壕から顔を出し、発砲。


 ただひたすらにそれを繰り返す。

 戦いが終わるまで何度でも。


「妙だな」


 しかしここにきて、ふと感じた違和感を口に出す。


 銃に弾を込める手は止めないまま、周りの音に耳を澄ましていると、近くをうろちょろしていたニックが俺の怪訝な顔に気が付いた。


「ん?どうした、ノーデンス。なんかあったか?」

「いや、なんとなくだが、いつもより敵の動きが悪い」

「んー、言われてみればそんな気がしないでもないな。でもそれがどうした?むしろ好都合じゃねえか」

「確かにそうなんだが・・・」


 不気味だ。


 今度は口に出さなかったが、心の中でそう呟いた。


 確かにニックの言う通り、敵の攻撃が弱まっているならこれほど喜ばしいことはない。


 だがそこに確たる理由がないというのはいかがなものか。


 戦場では勝手に都合のいいことなんて起こらない。

 それは緻密に計算し、命を対価に差し出すことでようやく手に入れられるもの。


 天から降って湧いた幸運など、信用してはならない。


 そしてそうだとするならば、今のこの状況をどう説明すべきか。


 わからない。

 ただこの違和感を無視してはいけない気がする。


「どうする・・・」


 結局俺はこれまで通り戦闘を続けることしかできなかった。


 壊れた機械のように引き金を引き続ける中で、得体のしれない焦燥だけが募っていく。



 そしてそんな俺を嘲笑うように、変化は突然起きた。



 照準を覗く右目とは逆の左目に映る景色の中で、何かが地面から生える。


 それも一つや二つではない。

 無数の何かが次々と地面からせりあがってくる。


 最初はそれが何かわからなかった。


 地面から巨大なモグラでも顔を出したのかと、そんな馬鹿げた考えが頭を過るくらいには、目の前で起こった現象が理解不能だった。


 それは他の兵士たちも同じだったのだろう。


 皆一様に戦う手を止め、茫然とその光景を眺めている。


 だが一瞬の驚愕を経て、俺の目だけはそれが何なのかをいち早く理解した。


 それと同時に叫ぶ。


「伏せろ!」


 隣にいたニックの肩をつかんで引きずり倒す。


 次の瞬間、世界が轟音に包まれた。


 地面が揺れ、砂埃が舞い、悲鳴がこだまする。


 そして、今度こそ俺は正しく現状を理解した。


 なんてことはない、いつもの地獄が始まったのだ。


@tororincho_mono

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