表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/44

29話 痛み分け

「くたばれ」


 そう吐き捨てて、俺は引き金を引く。


 瞬間、激しい轟音とともに、弾丸が放たれた。


 鉛の塊は嵐を纏い、周囲に暴風をまき散らしながら、直進していく。


 ああ、なんて粗悪な技なんだろう。

 この魔術はもっと美しく、洗練されているもののはずなのに。


 俺の魔力制御が未熟なせいで、風が収束せずに拡散してしまっている。


 これでは本来の威力の半分も出せやしない。


 不出来。

 ただその一言に尽きた。


 だが今はこれで十分だ。


 たとえ相手が魔人であろうと、十分殺せる。


 食らうがいい。

 これが俺の最大火力だ。


 止められるもんなら止めてみろ。


「なっ!」


 燃え盛る炎の中にあって、間抜けな帝国兵は確かにその眼を驚愕に見開いていた。


 完全な不意打ち。


 防御は不能。


 もはや命運は決していた。


「ぐああああああ!」


 血潮が舞い、絶叫が響く。


 弾丸は狙い通り、帝国兵の心臓へと吸い込まれた。


 渦巻いていた炎がその勢いを失い、あたりが一瞬静寂に包まれる。


 そして奴が倒れるのを見届けると、俺は堰を切ったように走り出した。


 倒れた魔人の体を飛び越え、そのまままっすぐ准尉のもとへと駆け寄っていく。


「おい!しっかりしろ!」

「・・・」

「准尉!」


 返事がない。

 気を失っている。


 ひどい怪我だ。

 炎を浴びたせいで全身火傷だらけ。


 だがまだ息はある。

 死んではいない。


 なら助けられるはずだ。


「待ってろ、すぐに安全な場所へ・・・」

「貴様ぁぁぁぁぁ!!!」


 准尉への呼びかけが、悪魔の咆哮によってかき消される。


 驚いて視線をそちらに向ければ、そこには血をまき散らしながらも起き上がり、こちらを睨みつけている魔人がいた。


「馬鹿な・・・」


 その信じられない光景に、俺は一瞬呆けてしまう。


 ありえない。

 致命傷だったはずだ。

 弾丸は確実に・・・。


 そこまで考えたところで俺の視線は弾丸の軌跡を追うように、着弾点へと吸い込まれていった。


「嘘だろ・・・」


 ズレている。


 奴が血を流しているのは左肩。

 狙った左胸からは大きく外れていた。


 なぜだ。

 狙いは正確だったはず。

 外すわけがない。


 まさかこいつ・・・。


「炎で無理やり軌道を捻じ曲げたのか・・・」


 いくら魔人といえど、あの攻撃を防ぎきることは不可能。

 しかし軌道を少し逸らす程度のことならできるかもしれない。


 あくまであの一瞬の攻防の中でその判断をし、実行に移せるだけの技量があればの話だが。


「冗談じゃねえぞ」


 悪態をこぼしながら、再び銃を構える。


 無駄な抵抗であることは百も承知で、俺は攻撃を仕掛けた。


 一発、二発と発砲を繰り返すも、案の定ただの弾丸はすべて炎の壁によって撃ち落とされてしまう。


 そうこうしているうちに、奴は腕を前へと突き出していた。


「死ねえええええ!!!」


 雄叫びとともに炎の魔術が起動した。


 視界が赤く染まり、肌を焼くような熱が迫る。


「くそっ!」


 俺は咄嗟に魔術で風を纏う。


 防げるか?


 いや、無理だ。

 いくら手負いの攻撃とはいえ、あれは止められない。


 ここまでやって負けるのか?


 俺がしくじったせいで?


 そう思った瞬間、全身に冷たい血が巡るような感覚に襲われた。


 死を前にしているというのに、喜びよりも、絶望が胸を満たしていく。


 ああ、俺はまた・・・。


「まだだ」


 だが終わりは来なかった。


 この期に及んで勝利を諦めていない者が一人、まだここにいた。


 もはや息も絶え絶えだというのに、彼は焼けた体に鞭打って魔術を発動する。


 現れたのは、見慣れた岩壁。


 これまで幾度となく仲間たちを守ってきたその絶対防御が、今再び敵の炎を防ぎとめたのだ。


「准尉!」


 意識を取り戻した准尉を見て、思わず声を上げる。


 しかし目が覚めたのはいいものの、彼は依然苦しそうに呼吸を繰り返すばかりで、その場から動けそうになかった。


 その様子を見るや、俺はこの場から離脱するためすぐさまその体を背負い、一目散に壁に背を向け走り出す。


「状況は?」

「・・・悪い、命中はしたが仕留め損ねた」

「ほう・・・、珍しいな」

「敵の方が上手だった。すまねえ」

「別に謝ることじゃねえよ。お前でダメなら誰がやってもダメさ」

「・・・」

「手傷は負わせたんだろ?」

「ああ、たぶん追ってはこれない」

「なら逃げるしかないな。あとは頼むぞ」

「わかった」


 少しの間だけ会話をし、准尉は再び目を閉じる。


 相当疲弊しているのだろう。

 そこから先は微動だにしなくなった。


「待てええええええ、この死に損ない共があああああ!」


 壁越しになにやら騒いでいる敵の声が聞こえてくる。


 あれだけ血を流してるくせに元気なものだ。


 だがあの傷ではまともに動けまい。


 だからこの戦いはここでお終いである。


 結局ただの痛み分けにしかならなかったのは事実だろう。


 それでもあの魔人を退けたことにはきっと意味がある。


 今はそう信じて逃げるのだ。


 たとえこの先に、報いがあろうとなかろうと。


感想・評価・ブックマーク等いただけると作者が喜びます。


↓小説の更新情報とか投稿しているので、よかったらツイッターのフォローもよろしくお願いします。

@tororincho_mono


とろりんちょ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ