表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/44

28話 必殺の一撃

 頭が痛い。


 寝不足でいつも頭痛はしているが、今はいつにもまして痛い。


 原因はわかっている。


 まただ。

 また自分ではない誰かが犠牲になろうとしている。


 確かにこうするしかなかった。

 あの状況で取れる手段はそれしかなかった。


 だがどれだけ理屈を並べたところで、俺にとってそれは罪だ。


 到底受け入れられるものではない。


 だから、俺もこれから命を賭けに行く。


 それがせめてもの贖罪になると信じて。


「殿下、自分で走れますか?」

「え、あ、はい」

「じゃあ下しますよ」


 そう告げると俺はミナリス王女を背中から下し、自分の足で走らせる。


 そのまま速度を緩めず彼女に並走しながら、今度は前を走る司令に向かって声を上げた。


「司令、俺はここで離脱します」

「なんだと!どこへ行くつもりだ?」

「准尉の援護に。もともとそういう作戦なので」

「何?」

「ご安心を。すべてあなたたちを逃がすためのものです」

「そんな!」


 俺の言葉に司令ではなく、王女様が反応を示す。


 不安そうな瞳が何か言いたそうにしているが、正直そんなものにかまっている暇はない。


 故に俺は一切の容赦なく彼女を突き放すことにした。


「殿下、先にお逃げください」

「でもノーデンスさんが・・・」

「後で必ず追いつきます。だからどうか我々を信じてお逃げください。お願いします」

「・・・」


 すらすらと心にもない言葉を吐き出す。


 敵を倒せる保証なんてない。

 もう一度会えるかもわからない。


 信じるに足る要素なんて何一つない。


 これはただの詭弁だ。


 彼女が納得できるように、適当なことを言っているだけ。


「・・・必ず戻ってきますか?」

「はい、必ず」

「約束ですよ?」

「はい、約束します」

「・・・わかりました」


 形だけの約束を交わす。


 当然守る気もない。


 でもそれで彼女は納得した。


 ならばそれでいい。


 そして丁度いいタイミングで別れの時間もやってくる。


 前方に十字路。


 特に取り決めていたわけではないが、接敵地点からの距離と地形条件を鑑みれば准尉との合流地点はここしかないだろう。


「ではここで」

「あ・・・」


 短くそう告げて、俺は足を止める。


 最後に一瞬だけ王女様と視線が合うが、もう言葉は交わさなかった。


「さて」


 走り去る彼女たちを見送り、俺は通路を直角に曲がる。


 少し進んだところで足を止め、担いでいた銃を下ろし、振り返って膝をつくと、誰もいない十字路の中央に銃口を向けた。


「ふぅ・・・」


 俺が今からやるのは、疑似的な魔人化だ。


 魔人が魔人として機能するための条件は二つある。


 一つは膨大な魔力を有すること。


 そしてもう一つは、その魔力を魔術へと昇華できることだ。


 前者はすでに満たしている。


 俺には魔力がある。

 それも人並外れて。


 だから問題となるのは後者の方だ。


 通常ならこの問題は“魔装”によって解決される。


 “魔装”とは魔術式があらかじめ組み込まれた戦闘補助装置であり、それに魔力を流し込むことで魔人は強力な魔術を即座に発動することができる。


 あの帝国兵が無際限に炎を生み出せるのも、准尉が自由自在に大地を操れるのも、要はそういうからくりによるものだ。


 しかし俺にはその魔装がない。


 それゆえ魔力があっても、他の魔人たちのように軽々しく魔術を行使できない。


 だが原理的に言えば、別に魔装なんかなくても魔術は扱える。


 自力での魔力制御は危険と隣り合わせだし、うまくいっても威力は落ちるし、挙句の果てに起動するまで恐ろしく時間はかかるが、それでも魔力さえあれば魔術の発動自体は可能なのだ。


 つまるところ、条件さえ揃えば俺にも一時的に魔人並みの火力は出せるということ。


「すぅ・・・」


 呼吸を整え、魔力を循環させる。


 俺の魔力属性は“風”。


 編み出す術式は、風の付与。


 これから弾丸に風を纏わせ、必殺の一撃を作り上げる。


 あとは時間との勝負だ。


 あの魔人、おそらく相当強い。


 たとえ鉄壁の防御を誇る准尉であっても、苦戦は必至だろう。


 あいつを信じてないわけじゃないが、それでもやはり楽観視はできなかった。


 現に今も聞こえてくる戦闘音はこちらの想定より激しく、そして距離が近い。


 准尉の足止めがうまくいっていない証拠だ。


「まずいな」


 このままだと術式の組成が間に合わない。


 未完成な状態で撃つか?

 いや、それだとほとんど威力は出ないし、ほぼ確実に防がれる。


 やるなら完全な状態で撃つべきだ。


 しかしそれだと時間が足りない。


「どうする・・・」


 何も思いつかないまま時間だけが過ぎていく。


 迫りくる音と振動が、逃れようのない破滅を予感させる。


 そしてひときわ大きい破壊音が響いた直後、俺の視界に准尉の姿が飛び込んできた。


「追いかけっこはもう終わり?」


 およそ戦場には似つかわしくない軽薄な声が響く。


 あいつだ。


 まだ姿は見えず、声を聞いただけだというのに、身の毛がよだつような寒気が全身を駆け巡る。


 なんておぞましい気配なのだろう。


 直接相対する准尉も苦々しい表情を浮かべていた。


「・・・」


 彼の視線が一瞬だけこちらに向けられる。


 目聡い奴のことだ、状況が芳しくないことに気づいたのであろう。


 その歪んだ口元がさらに深く引きつった。


 さあ、どうする。


 魔力制御に全神経を注いでいる俺は動けない。


 この無防備な状態で敵に気づかれたらその時点で作戦は失敗だ。


 まさに絶体絶命。

 敗北は目前に迫っている。


 だが敵と対峙する准尉は、なぜか不敵に笑っていた。


「やれやれ、つくづく損な役回りだな」

「ん?どうしたの?」

「なんでもねえよ。お前がしつこいからうんざりしてただけだ」

「それは悪かったね。でもこればっかりは性分なんだ。狙った獲物は逃がさない。君の息の根もしっかり止めてあげるね」

「ああ、そうかい。なら全力で戦わねえとな」

「是非そうして。そうじゃないと殺しがいがないから」


 まだ諦めていないと、その横顔が語っている。


 この絶望的な状況を覆す手があるのか?


 いったい何をしようとしている。


 そう思ったところで、ふと嫌な予感が頭を過ぎった。


 こいつ、まさか・・・。


「来い!」


 准尉が叫ぶと同時に、激突が始まった。


 帝国兵が放った炎を、准尉の岩壁が食い止める。


 しかし拮抗したのはほんのわずかな時間だけ。


 やがて均衡は崩れ、崩れた壁の亀裂から容赦なく炎が溢れ出た。


 それでも彼は一歩も引かず、その場で応戦を続けている。


「くぅ・・・」


 炎の濁流の中で、准尉が苦悶の声を上げる。


 その光景を見て、俺は今度こそ戦慄した。


 まさかあいつ、あれで時間を稼ぐつもりか?


 やめろ。

 そんなことしたら、いくらお前でもタダでは済まない。


「・・・」


 今すぐ声を上げて、その無謀な戦いをやめさせたかった。


 だがそれはできない。


 ここでそれをしてしまったら、すべてが無駄になる。


 准尉は残されたわずかな可能性に賭けて、作戦の続行を決めた。


 なら俺もそれに従わなければならない。


 たとえその結果、准尉が焼かれていく姿を、この瞳に焼き付けることになろうとも。


「・・・」


 ああ、なんだこれは。


 こんなもの望んじゃいない。


 俺はただ死にたかっただけなんだ。

 大切な人に死んでほしくなくて。


 それなのに、どうしていつもこうなるんだ。


「うおおおおおお!」


 准尉が叫ぶ。


 それはあたかも追い詰められた獣が最後に上げる断末魔のようで。


 結局彼は炎に焼かれ、ぼろ雑巾のように吹き飛ばされてしまった。


「悪くない戦いだった」


 視界が炎で埋め尽くされる中、足音と共に悪魔の声が響いた。


 准尉を倒して、満足そうに、勝利に酔いしれている。


 ひどく耳障りだ。


 何を勘違いしてやがる。


 准尉はちゃんと役目を果たしたぞ。


「でもこれで終わりだね。さようなら、名前も知らない英雄さん」


 そんな言葉を呑気に吐き出しながら十字路へと姿を現した敵に、照準を定める。


 ここに、魔術は完成した。


「くたばれ」


 呪いの言葉をのせて、引き金を引く。


 かくして、魔弾は放たれるのだった。


感想・評価・ブックマーク等いただけると作者が喜びます。


↓小説の更新情報とか投稿しているので、よかったらツイッターのフォローもよろしくお願いします。

@tororincho_mono


とろりんちょ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ