27話 准尉の戦い
「くっ!」
迫る炎を迎撃しながら、苦悶の声を上げる。
強い。
一概に魔人と言ってもその性能は玉石混交だが、こいつはこれまで戦ってきた魔人の中でも文句なく最強の一角だった。
それに相性も悪い。
俺が操るのは“土”の魔術。
基本的に守りを得意とするものだ。
それゆえ攻め手には欠ける。
かたや奴が使う魔術は、徹頭徹尾攻撃一辺倒な炎の魔術。
これでは一方的にやられるだけ。
現に今も俺は奴の炎をせき止めるので精一杯だった。
「ちっ!」
苦し紛れに放った魔術で天井を崩し、敵の頭上へ瓦礫を落とす。
こんな中途半端な攻撃に、大した意味はない。
現に瓦礫は炎によってすべて焼き捨てられてしまった。
だがそれでも隙は生じる。
ほんの一瞬、奴の意識が逸れた。
俺は腰の拳銃を抜くが早いか、その眉間めがけて弾丸を放つ。
「・・・おいおいマジかよ」
目の前で起こった現象に、思わず頬を引きつらせる。
結果から言えば、この攻撃も奴には届かなかった。
というかこの野郎、弾丸も燃やて消し飛ばしやがった。
「あっはっは、つくづく笑わせてくれるね。魔人のくせに火薬銃使うやつなんて初めて見たよ。君には魔人としての矜持とか無いの?」
「生憎とそんな大層なもんは持ち合わせちゃいねえよ。俺の戦いはいつだって泥臭いもんさ。それにあまり馬鹿にするもんでもないぞ。これにはこれで使い道がある」
「へえ、例えば?」
「後で教えてやる、よっ!」
言うが早いか、俺は再び魔術を発動する。
狙うは奴の足元。
先ほど天井を崩したのと同じ要領で、今度はその床を崩した。
「おっ!」
不意打ちは成功。
間抜けな顔を晒して落ちていく奴に、ダメ押しで手榴弾を投げつける。
「くたばりやがれ」
最後に捨て台詞を吐いて、俺は全力で撤退を開始した。
おそらくどう足掻いたところで、俺では奴を倒せない。
やけくそで投げた手榴弾も、せいぜい嫌がらせ程度にしかならないだろう。
だがこれでいいのだ。
俺の役目はあくまで時間稼ぎ。
最初からアレを倒そうなどとは考えていない。
ここは逃げるが勝ちだ。
「はあ、はあ、はあ・・・」
とにかく少しでも距離を取るために、全力で廊下を走り抜ける。
途中、敵の進行を食い止めるために魔術で何枚か壁を張るのも忘れない。
できることは全部やれ。
一秒でも長く時間を稼げ。
その先に、きっと勝利が待っている。
「マジかよ!」
後方で何かが爆発する音がした。
それも短い間隔で、何度も何度も。
間違いなく奴の破壊行動によるものだろう。
なんだよ、あれ。
デタラメすぎるだろ。
そんな簡単に壊れる防御じゃないはずなのに。
どうする。
他に何か手はないか。
ダメだ。
付け焼刃の悪足搔きなど奴には通じない。
結局俺は・・・。
「追いかけっこはもう終わり?」
どれだけの時間走っただろうか。
最後の境界線を破壊して、奴が姿を現した。
その体には傷一つなく、相変わらずの憎たらしい笑みを浮かべている。
きっと奴にとって、これは戦いなんかではなく、ただの遊びに過ぎないのだろう。
自分が負けることなんて微塵も考えていない。
こちとら死に物狂いで戦っているというのにふざけた話である。
だが状況は依然絶望的だとしても、なんとか目的地にはたどり着けた。
十字路の分かれ道、その中心。
奴を倒すための迎撃地点。
ここが一か八かの正念場である。
「・・・」
しかしたどり着いたはいいものの、どうやらまだ舞台が整っていないらしい。
まあ思ったより時間を稼げなかった俺の責任ではあるのだが。
仕方がない。
最後にもうひと踏ん張りするとしますか。
「やれやれ、つくづく損な役回りだな」
「ん?どうしたの?」
「なんでもねえよ。お前がしつこいからうんざりしてただけだ」
「それは悪かったね。でもこればっかりは性分なんだ。狙った獲物は逃がさない。君の息の根もしっかり止めてあげるね」
「ああ、そうかい。なら全力で戦わねえとな」
「是非そうして。そうじゃないと殺しがいがないから」
どこまでも残酷に、容赦などなく、奴は笑う。
それに負けじと、俺も口元を歪めた。
「来い!」
俺の叫びに応えて、奴が手のひらを掲げる。
瞬間、魔力が爆発した。
輝く炎が波となって押し寄せてくる。
俺はそれに合わせて、これまでと同じように防壁を張る。
そして激突が始まった。
これまでならすぐに突破されていたこの魔術も、俺が壁に触れて直接魔力を供給し続ければ多少はもたせることができるはず。
その結果、灼熱を帯びた岩壁に手のひらを焼かれることにはなろうとも。
「くぅ・・・」
しかし痛みを伴う捨て身の抵抗をもってしてもまだ足りない。
徐々に力で押され始め、綻んだところから炎が噴き出すと、それがまた体を焼く。
全身が痛い。
今にも膝が折れそうだ。
だがまだ倒れるわけにはいかない。
あと数秒でいいのだ。
ここまできて負けてたまるか。
「うおおおおおお!」
雄叫びを上げ、最後の力を振り絞る。
ここで死んでもかまわない。
本気でそう思った。
「かはっ!」
だがついに均衡は崩れ、防御を失った俺は炎に吹き飛ばされてしまった。
そのまま床に叩きつけられたせいで、肺から空気が漏れ出る。
全身を襲う痛みに、視界が明滅し、意識を手放しそうになる。
くそっ、ここで気絶するのはまずい。
耐えるんだ。
そう思ってなんとか立ち上がろうとするが、どうしても体に力が入らず、俺は結局無様に地面を這うことしかできなかった。
「悪くない戦いだった」
力尽きた俺を見て、奴がこちらに近づいてくる。
燃え盛る通路をゆっくりと歩むその姿は、まさに地獄から這い出てきた悪魔のようだ。
「でもこれで終わりだね。さようなら、名前も知らない英雄さん」
奴が名残惜しそうに別れの言葉を口にする。
本当に最後までむかつく野郎だな。
しかし勝ち誇っているところ申し訳ないが、結末はお前の想像しているものとは少し違うぞ。
間抜けな奴め。
お前が油断せずに戦っていれば、こんな結果にはならなかっただろうに。
だけどおかげで助かったよ。
準備は整った。
「お前の負けさ。そして俺たちの勝ちだ」
奴が十字路に足を踏み入れるのを確認して、俺はそう呟く。
そこはこちらの射程圏内。
そう、我らが最強の魔人の、必殺の間合いである。
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