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24話 逃亡

 銃声、砲声、そして悲鳴。


 階下から押し寄せてくるそれらの音から逃げるように、俺たちはひた走る。


 先頭にセパ司令、その後ろをミナリス王女を背負った俺と侍女のリリーが並走し、最後尾を准尉が固めていた。


「西の倉庫、そこに隠し通路の入り口がある。辿りつけさえすれば我々の勝ちだ」


 司令はこう言っているが、本気で逃げ切ろうとするならばことはそう単純じゃない。


 俺たちは今想定外の挟撃を受けている。


 敵の陣容も把握できていない状況。

 もしかしたら包囲網が周囲の山間まで伸びている可能性だってある。


 仮にそうじゃなくとも、あの険しい山岳地帯をろくな装備もないまま踏破するのは至難の業だ。


 何をどう考えたって“辿りつけさえすれば勝ち”なんてことにはならない。


 このクズはその辺わかってるんだろうか。


「ん・・・」


 そんなことを考えながらしばらく走っていると、吐息の漏れる音が聞こえた。


 発信源はすぐ後ろ、耳元から。


 まずいな。

 できればもう少し寝ていてほしかったのだが、残念なことに時間切れのようだ。


 眠り姫のお目覚めである。


「あれ?ここは・・・」

「殿下!」


 王女の目覚めにいち早く反応したのは侍女のリリー。

 彼女は俺の横にぴたりと張り付くと、心配そうに主の顔を覗き込む。


「ああ、本当によかった。気が付いたのですね」

「あれ、何が・・・。リリー、これはいったいどういう状況なのですか?というかなんで私はノーデンスさんに背負われているのでしょう?」

「殿下は先ほど崩落に巻き込まれて、そのまま気を失ってしまったのです。今は御身を安全な場所までお連れしています」

「安全な場所?・・・そうだ、それより兵の集結はどうなりましたか?もう撤退の準備は終わりましたか?」

「あ・・・、それはその・・・」


 侍女が口ごもる。


 まあ自分たちだけしっぽ巻いて逃げることにしましたとは言えないか。


 正直俺も言いづらい。


 だからもう少し寝ていてほしかったんだ。

 そしたら余計な手間はかからなかったのに。


 しかし起きてしまった以上、仕方がない。


 仕方がないので続く言葉は俺が引き取った。


「殿下、兵の集結は諦めました。今はこの場にいる我々だけで離脱を試みています」

「え?」

「色々と言いたいことはあるでしょうが、今はこらえてください」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 案の定、王女様が背中で暴れ始める。


 こちらの動きに気付いて前を走るセパ司令が一瞬こちらに振り返ったが、喚く彼女を見て我関せずとそっぽを向いてしまった。


 おい、お前責任者だろうが。

 なんとかしろよ。


 何も語らない背中に恨みがましい視線を注ぎながら、暴れるミナリス王女に手を焼いていると、間もなく後ろから助け舟が出された。


「ミナリス殿下、どうかご理解を。こうするほかなかったのです」

「バラクマー准尉、私は残存兵力での撤退を命じたはずです。それがどうしてこんなことになっているのですか!」

「崩落に巻き来れたせいで、その命令は実行に移せませんでした。皆気を失い、意識を取り戻した時にはもう・・・。申し訳ございません。今はせめて殿下の命だけでも救おうと動いているのです。どうかご理解を」

「そんな・・・」


 明らかな動揺が、背中越しに伝わってくる。


 お優しい王女様のことだ。

 こんな理不尽認められないのだろう。


 俺も認めていない。


 だが戦場とはそういうものだ。


 どこまでも理不尽で、こちらの想いなんて平気で踏みにじってくる。


 抗おうとしたところで意味などない。


「殿下」


 だから俺はあえて問うことにした。


 この場における彼女の裁定を。


「別に今からでも兵を集めろというのならいいですよ?俺が伝令として行きましょう。このまま逃げろというのならそうしましょう。本来決定権はあなたにある。いかようにもご命令ください」

「ノーデンスさん・・・」

「ただし判断はお早めに。時間はあまり残されていませんよ」


 肩をつかむ手に力がこもる。


 少し意地悪だっただろうか。


 彼女も本当はわかっているのだ。

 もはやすべてが手遅れであることを。


 でもそれを認められなくて、必死で抗おうとしている。


 もし彼女が意地を通したいというのなら、俺はそれに付き合ってやるつもりだ。


 敗北が約束された特攻。

 いいじゃないか。


 そこには俺の願いもある。


 喜んで引き受けよう。


「殿下?」


 だから俺はもう一度彼女に問いかける。


 逃げるか、戦うか。


 生きるか、死ぬか。


 いったいどちらを選ぶのかと。


「私は・・・」


 先ほどの威勢はどこへやら、今後ろから聞こえる声はか細い。


 やはり王女とはいえ所詮は年端もいかないただの少女。

 いざ決断を迫られれば、怖気づきもする。


「私は誰も・・・」


 ようやく零れた声は、まるでその苦悩が滲み出たかのように掠れていた。


 そうですよ。

 これがあなたの立ち向かおうとしたものです。


 残酷でしょう?

 理不尽でしょう?


 でもこれが現実だ。


「・・・」


 結局彼女は何も選べなかった。


 そしてそこで時間切れ。


 戦場に渦巻く死の嵐が、この不毛な時間を終わらせる。


「なんだ!」


 ふいに訪れた衝撃と轟音に、司令が狼狽える。


 そしてその場にいた全員が足を止めた。


 最初は砲弾が撃ち込まれたのかと思った。


 だが振り返った先の光景を見て、すぐに己の間違いに気がつく。


「・・・」


 崩れた壁、赤く燃え上がる回廊。


 そしてたった一人、炎の中で佇む男。


 彼が纏うは帝国軍服。


 つまりは敵。


 奴がどうやってここまで来たのかはわからない。

 なぜこんなところに一人でいるのかもわからない。


 だがただ一つ、その瞳に殺意が溢れていることだけはわかった。


「准尉!」


 ほぼ反射的に、俺は彼の名を呼ぶ。


 膨大な魔力が吹き荒れたのは、それから一瞬後のことだった。


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@tororincho_mono


とろりんちょ

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