23話 決断
暗い。
寒い。
気持ち悪い。
『どうしてお前は生きている?』
『なぜ死なない?』
『いつも誰かを犠牲にして』
『いつも誰かの願いを踏みにじって』
『それでもお前が生き残った意味は何だ?』
そんなものあるわけないだろ。
『最悪の答えだな』
『無責任な奴め』
『だったら早く死ねよ』
そうだな・・・、その通りだ。
『苦しい、憎い』
『皆お前を恨んでる』
『誰もお前を許さない』
別にそれでかまわない。
『苦しんで死ね』
『悔やんで死ね』
『死ね』
なら殺してくれよ。
『死ね、死ね、死ね、死ね、死ね』
誰か、早く俺を殺してくれ。
――――
「・・・生きてる」
薄暗い空間で目を覚ました俺は、まだ濁っている意識の底でそう呟いた。
亡霊がいなくなっている。
どうやら夢を見ていたようだ。
そういえば今何が起きてるんだっけ?
気を失う前の記憶がはっきりしない。
「ん?」
なんか体が重いな。
怪我でもしてるのか?
違和感を感じて視線を下げればすぐに答えは見つかった。
「ん?」
腕の中に、ミナリス王女がいる。
はて、どうしてだろう。
ああ、そうだ。
部屋が崩れて咄嗟に庇ったんだった。
お互いよく無事でいたものだ。
というか今絶賛戦闘中だったな。
寝てる場合じゃない。
「よいしょ」
なるべく丁寧に彼女をその場に横たえると、俺は周囲を見回した。
瓦礫がそこかしこに散らばっているが、そこまで大きな被害にはなっていない。
おかげでさっきまで一緒にいた連中もすぐに見つけることができた。
「おい、准尉。起きろ」
「痛て!」
とりあえず近くにいた准尉の頬を引っ叩くと彼はすぐに目を覚ます。
さすが腐っても兵士なだけあって、こういう時の反応は早い。
「ノーデンス?あれ、何が起きて・・・」
「しっかりしろ。攻撃されてんだぞ」
「・・・そうだった!今どうなってる!?」
「俺もさっき起きたばかりだから正直よくわからん。とりあえずミナリス殿下は無事だ。気絶してるけど」
「そうか。そいつはよかった。他の奴らは?」
「その辺に転がってるぞ。無事かは知らん」
「すぐに確認しろ」
准尉の指示に従いこの場にいる残り二人、セパ司令とリリーとかいう侍女の容態も順番に見て回る。
幸い二人ともかすり傷程度しか負っておらず、少し体を揺さぶれば意識を取り戻したが、そこからが面倒だった。
「殿下!殿下!」
侍女の方はミナリス王女の容態を心配してか、ずっと泣き喚いている。
別に外傷はないし呼吸も正常なのでそんなに心配する必要はないのだが、彼女からしたら気を失っているというだけで気が気でないらしい。
まあ最悪彼女の方は放っておいても良さそうだが、司令の方は少し問題だ。
「なんだこれは・・・」
彼は崩れた壁から見える景色に言葉を失ってしまっている。
その視線の先に映るのは、見渡す限りの敵、敵、敵。
王国が誇る最強の要塞は、今や敵に集られ、打ち崩され、その機能を停止させていた。
「あり得ない・・・」
現実逃避するのも結構だが、司令官なら対応策の一つでも考えたらどうなのだろうか。
お前がそうして呆けている間にも、現場の兵士たちは命令もないまま殺され続けてるんだぞ。
このままでは埒が明かないと思い、俺は准尉に声をかける。
「准尉、どうする?あれは使い物にならないぞ」
「・・・降伏するしかない。今ならまだ間に合う。殿下の名で伝令を出せば・・・」
「ふざけるな!」
どうにかして事態の収拾を画策する准尉の声が、突然上がった司令の言葉にかき消される。
その表情には恐怖と怒りがにじみ、もはや錯乱しているようにしか見えなかった。
「何を勝手なことを言っている!降伏など許されるわけなかろうが!」
「しかし閣下、事ここに至ってはもう打てる手はないかと」
「だから降伏しろと?そんなことをして何の意味がある。帝国軍は残虐非道な鬼の集団だ。こちらが武器を捨てたところで皆殺しにされるのがオチ。それならば一匹でも多く敵を道連れにしてやるのが誉ある王国軍としての務めであろう」
「・・・」
「ただし王女殿下をその戦いに巻き込むわけにはいかない。戦闘は当然続行であるが、今ここにいる我々には殿下の身の安全を確保する責務がある」
「・・・何が言いたのですか?」
「殿下を連れて、我々はこの砦から脱出する」
「は?」
「緊急用の脱出路がある。あれを使えば敵に見つかることなく山に出られるはずだ」
「つまり味方をここに捨て置いて、我々だけここから逃げると、そう仰ってるのですか?」
「どうせ奴らは死ぬ運命なのだ。殿下という尊い命を救えるならば、奴らもそれで本望だろう」
「・・・」
「安心するがいい。貴様らには殿下の護衛をやらせてやる。共に逃げられるのだ。悪い話ではあるまい」
セパ司令の強引な物言いに、俺は目を細める。
わかりやすいクズだな。
今すぐその眉間に鉛弾をぶち込んでやりたい。
だが、あながちその発言がすべて間違っているとも言えなかった。
このクズの言う通り、もはや勝敗は決している。
降伏をしたところでどんな扱いを受けるかもわからない。
ならばなるべく戦闘を長引かせて、その間に王女だけでも逃がすという作戦は見方によっては理に適っていると言えなくもなかった。
あくまでそれは、人の気持ちなんて一切考慮しなければの話だが。
「・・・」
なんとなく准尉の様子を窺えば、彼もまた険しい表情をしていた。
おそらく考えていることはあまり変わらないだろう。
今自分が何をすべきなのか。
結局はそれに尽きるのである。
個人的な話をするならば、この状況、俺は今すぐにでも駆け出して、文字通り死ぬまで戦い続けたいところだ。
だが兵士として戦うなら、上官の命令には従う必要がある。
ここでいう上官とは准尉のことだ。
間違ってもこのクズのことではない。
だから俺は准尉の決断を待つ。
それが俺の望みを叶えるものだと、切に願いながら。
「・・・」
気づけば准尉と目が合っていた。
少し悲しそうな顔で、それでいていつもの優しい目をして、彼はほんの少しの間、俺と視線を合わせ続ける。
そしてようやく意を決したのか、司令に向き直った准尉は徐に口を開く。
「承知しました。ご命令に従います」
「よし、それでいい」
選んだのは逃走。
意外や意外。
准尉は仲間を見捨てる選択をした。
何をもってその決断を下したのか、俺にはわからない。
しかしそれを問いかける時間も俺たちにはなかった。
「ノーデンス、殿下を頼めるか?」
「それでいいんだな?」
「ああ、悔いはない」
「そうか。わかった」
最後にそれだけ確認すると、俺は言われた通り王女に歩み寄る。
傍らではまだ侍女が泣いていた。
「殿下を運ぶ。どいてくれ」
「触るな!お前のような者が触れていいお方ではない!」
「このままだと死ぬぞ。それともお前が背負って走るか?」
「それは・・・」
「殿下を助けたいなら我慢しろ。時間がない。そこをどけ」
そう言って俺は泣いている彼女を強引に押しのけ、ミナリス王女を背負う。
思ったよりその体は軽い。
「早く行くぞ」
切羽詰まった様子で走りだした司令に急かされるように、俺たちも走りだす。
賽は投げられた。
この結末はどこへ向かうのだろう。
今度こそ死ねるだろうか。
潔く終われるだろうか。
願うことはただ一つ。
誰か、早く俺を殺してくれ。
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