22話 敵襲
何の前触れもなく、何の脈絡もなく。
それは唐突に始まった。
まるで天地をひっくり返したかのような地響きが連鎖して広がっていく。
この場にいる誰もが訳も分からず、ただただ呆然としていた。
だが俺からしたら、状況はひどく単純だ。
これは戦いの音。
どうしてこうなったかなんてどうでもいい。
大切なのは、すでに命のやり取りが始まっているということだけだ。
「ノーデンス!」
混乱から最初に立ち直ったのは准尉だった。
彼は切羽詰まった表情で俺を見る。
「これは・・・」
「わかってる」
心配せずとも、すでにこちらは銃に手をかけていた。
命令があればいつでも出撃可能だ。
「敵襲ーーー!!!」
丁度いいタイミングで伝令の兵士も部屋に駆け込んできた。
その表情は絶望に染まっており、事態の深刻さを告げている。
これで置いてけぼりの連中も呆けてはいられない。
「き、貴様今何と言った!?」
反応したのはセパ司令。
ようやく己の危機を察知した彼が焦ったように伝令に詰め寄る。
「敵襲です!我が軍は攻撃を受けています!」
「ば、馬鹿な!見張りは何をしていたんだ!」
「敵が砦後方から出現したため、直前まで気づけず・・・」
「後方からだと!?ありえない!」
「すでに砲撃の射程範囲に入られています!正面の本陣も動き始めており、このままでは挟み撃ちです!」
「なんだと・・・」
伝令からの報告に、セパ司令が言葉を失う。
この緊急時に司令官ともあろうものが狼狽えている場合ではないのだが、確かにこれは想定外だ。
砦の後ろを取るには山脈を越えるか、王国領土内を大きく迂回する必要がある。
しかし敵軍がそんな動きを見せればさすがにどこかで気づくはず。
だから本来こんな奇襲はあり得ない。
いったい何が起きている。
いや、今はそんなことどうでもいいか。
どうやったにしろ後ろから敵が来たというのなら応戦しなければ。
「司令、ご命令を!」
「と、とにかく防御を固めろ!この砦が落ちるなどあってはならぬ!全軍で迎え撃て!」
「はっ!」
半狂乱になりながら司令が怒鳴り散らす。
そしてその矛先は当然こちらにも向けられた。
「何をグズグズしている!貴様らも早く持ち場に戻らんか!」
「「はっ!」」
八つ当たりのように発せられた司令の命令を受け、ようやく俺と准尉も出撃が許可された。
事態は一刻を争う。
早く戻らないと。
仲間が心配だ。
そう思って身を翻す。
だがそこで思わぬ人物が声を上げた。
「お待ちください」
ミナリス王女だ。
今まさに動き出そうとしたところにかけられた声。
この場にいる全員が一瞬時間を止め、彼女に視線を注いだ。
「いかがいたしましたか、殿下。今は・・・」
「心配せずとも時間はとらせません。ただし命令は変更です」
「は?」
「ミナリス・ベール・ネビラスが命じます。全軍撤退しなさい。我が軍はこれよりこの砦を放棄し、防衛線を引き下げます。今すぐ全部隊にこれを伝達し、裏門に戦力を集中。後方に出現した敵軍を撃破し、包囲を突破します」
彼女の発言に、一瞬誰もが耳を疑った。
この砦を放棄すればもはや王都までまともな防衛拠点など存在しない。
ここでの撤退は事実上の敗戦を意味する。
こともあろうに王女自身がそれを命令したのだ。
案の定狼狽えた司令が口をはさむ。
「殿下、その決断はあまりに早計です。グラ砦は王国最後の要。ここが落ちるは王国が落ちるも同じ。簡単に放棄することなどできません。そんなことをせずともこの堅牢な砦をもってすればこの程度の奇襲に後れをとるようなことはありません。どうか迎撃の許可を」
「いいえ、いけません。この砦の防備は正面の敵を想定した場合のみ有効なものです。背後を取られた時点でその機能は失われました。ましてや今は挟撃されています。このままでは退路も塞がれ全滅。それだけは避けなければなりません。だからこその撤退です。判断は変わりません」
「そんな・・・」
ミナリス王女は司令の反論をバッサリと切り捨てる。
自身の命すら危うい状況だというのに、その毅然とした態度が崩れることはない。
その小さな身から放たれる威圧を前に、司令もそれ以上は何も言えなくなってしまった。
「繰り返します。全軍に撤退命令を出しなさい。持ち場を放棄し、裏門に集結。バラクマー准尉、ノーデンスさん、あなた方も伝令として・・・」
しかし続く彼女の言葉を聞くことはできなかった。
「!?」
代わりに俺の耳をつんざいたのは、再びの轟音。
それもさっきの比ではない。
近くに砲弾が直撃したようだ。
しかも当たり所が悪かったのか、床や壁に亀裂が入り、瞬く間に部屋が崩れ始めた。
「くっ!」
油断した。
もうここまで魔の手は伸びていたのだ。
思わず頬が引きつる。
もしかしたらこのまま死ねるかもな。
そんなことを考えながら、俺は全力で駆け出していた。
目指すは彼女。
最優先で守るべき命。
崩壊する世界の中で、必死に手を伸ばす。
この場を凌いだところで何が変わるというわけでもないだろうが、それでも体は勝手に動いていた。
「殿下!」
すべてが手遅れになる寸でのところで彼女を捕まえる。
そのままその身を抱き寄せると、あとはもう落下に身を任せることしか、俺にはできなかった。
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